【電霊】のリバティー

 

 

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 それは、いや、彼女はこの時発生した。

「これ・・・・・・何・・・・・・」

 行きかう人ごみの中から見上げたビルを「何」と言った。高く高く聳え立つビルだった。ビルの窓ガラスが空を反射している。別のビルも道路も、空中に浮かぶ車も飛行機も。

 もっとも、彼女が何と言ったものは、彼女自身を含めて全てのモノと事象に対してなのだが、その中で一番目に付いたのが目の前のビルだった。

 見上げるのに夢中になっていると、行きかう人が彼女にぶつかりそうになる。人を彼女は避けようと思ったが、その必要はなかった。

 ぶつかることは無く、誰もが彼女を通り抜けている。彼女にすら気づいていない。

 人の多い通りで発生した彼女。自分は霊的であり不可視な存在だと彼女は気づいた。誰にも気づかれないし、誰にも触ることのできない存在。それが自分だと。

 そして気づく。唯一認識しているものがあることに。

 街中に設置してあるカメラだ。電気屋が小ウィンドウに設置しているカメラが撮っているものが隣のディスプレイに写っている。そこに居るはずのない自分の姿があった。現実と画面との間違い探しの間違いのように自分が画面内にいる。

 彼女の感覚的には現実にいる。でも本当はいない。

 では?自分はなんだろうか?

「おもしろい子がいますね」

 信じられないことに彼女に気づいた人が居た。

 それは少女の容姿をしていた。

 少女は彼女よりも幾らか背の高い位で、買い物カゴを持っていて、なぜかフレンチメイド服なんてものを着ていた。

「電子的な視覚の錯覚ですか? それとも私だけのバク? ってわけじゃないか、カメラにも写っているみたいだし」

 しゃがんで、少女は興味の対象を調べていく。

 彼女は少女に尋ねた。

「あなた、私が見える?」

 変な質問だろうかと思ったが、言わずにいれなかった。

「ええ、もちろんです。この眼球の視覚情報として認知されていますよぉ〜」

 よくわからないことを言われた。ようは見えているということだろうか。

「よくわからないと思ってますね。私も貴女と同じで人ではありませんから」

 人ではない。では―――。

「人って何?」

「そうですねえ。定義としては難しいですけど、大まかに言ってしまえば、今貴女(あなた)を見えていないこの周りの人たちのことです。つまり、人類でヒューマンでホモサピエンスです」

「じゃああなたは?」

「私ですか? 容姿は確かに彼らと同じですが、私はヒューマノイドです。人の形をした機械なのです。ガイノイドとも言います。あとメイドです」

 つまりは、人ではないから私を見えるというのだろう。あと、メイドと言うのがわからないが、情報としていらないきがする。

「じゃあ私は?」

「貴女ですか? うーん・・・・・・。わかりません」

 他人に自分のことを聞くと言うのは、おかしなことだ。けど、自分を自分すらわからないなら、他人に聞くしかない。

「わからないの?」

「ええ、貴女を定義する言葉がありません。説明するだけならなんというか・・・・・・」

 メイドと称した少女は買い物籠を地面に置き、首を傾げながらまじまじとこちらを見つめてくる。観察しているというよりも、解析しているような感じだった。

「貴女は視覚的情報に追加された別の情報の(しゅう)(せき)(たい)というべきか、もしくは視覚情報体に貴女という存在があるように見せかけるプログラム。ようは幽霊とそう変わらない存在です」

 難しい説明だ。

「だから、私はあなた以外から見えていないの」

「そうなりますね。というか、なぜ私が貴女の事を貴女に説明しているのでしょう? もしかして、貴女はまだ生まれたばかりですか?」

 彼女は少女に頷いて言った。

「さっき、気づいたらアレをみていた」

 少女が上空を指差す。

「空ですか。では私はなんてレアな現象に立ち会えた第一人者というわけですね! あとでネットに書き込みしないと! と、それはさておいて、そろそろ戻らないとご主人に怒られそうですね」

 少女は立ち上がり、地面に置いた買い物籠を手に取る。

「最後に貴女の名前をお伺いできますか?」

 少女がそういうが、彼女は答えられない。

 首を横に振る。

「私には名前が無いだから、勝手につけていい」

 それを聞いて、少女は嬉しそうに目を輝かせた。

「いいんですか? よぉーーーし。ならそうですねぇ〜、学名で名づけるとすれば・・・・・・、電子幽霊ってのはすこし暗いニュアンスなので、精霊。【電子精霊】と名づけましょう。【電霊】と呼称するとしっくりきます。でもって、たぶん貴女は貴女を認識してくれるものがある限り、どこだっていける存在です。ですから「自由」と言う意味でリバティー″って名前はどうでしょうか?」

 少女は本当に勝ってにノリと勢いで、彼女の名前と学名をつけてしまった。

「【電霊】のリバティー。それが私の名前?」

「です。でもって、追加設定として、一人称を妾。この世に発生した電子の精霊のお姫様というのはどうでしょう? すごく電子書籍にありそうな名前でいいと思いますよ!」

「妾・・・・・・。妾の名前はリバティー・・・・・・」

 与えられた名前を反芻する。

 リバティー。自由と解放。それが彼女の意味であり定義。

 彼女、リバティーは少女の顔を見る。

「妾に名前をくれたあなたの名前は?」

 少女の設定に従ってみる。そうすることで、何かを自分の中に定着できるような気がしたからだ。そうやって、された質問を聞き返した。

「アルです。本名というか型番(ナンバー)はへんてこなので、周りからはそう呼ばれています」

 アルは最後にリバティーの頭を()でる。触れるはずもないが、アルの手の触覚にはその感覚が再現されていた。

 アルはやっぱり面白いと笑っていた。

「では、またお会いしましょう」

 そうして、アルは去っていく。

 彼女は名前を得た。名を得ることとは、生命を得るのと同意義である。

 「リバティー・・・・・・自由・・・・・・」

 与えられた名前の意味を彼女は確かめていた。

 カメラ以外の誰もが彼女を認識できない、この街のビルに挟まれた通りの人ごみの中で。

 

 

 

 

 世界とはかくもよく不思議な事が起こる。

 奇跡とか数奇な運命とか、実はありふれた事すら、その不思議な出来事だったりする。

 それは誰かが望んでいるわけではなく、世界すらも望んではいないかもしれない。より、自然的というか、自動的に起きてしまう。

 もっとも、魔法という概念があり、それが科学とも結びついてしまったような世界では、誰もが説明を放棄してしまうような現象というべきものが、数多く起きる。起きたとて、なんら不思議ではない。

 ここはそんな世界(ファンタジー)だ。

 

 

 事の発端は二週間ほど前。

 レージの所属する傭兵会社に狩りの依頼が届く。

 彼はその会社に勤めているというより、登録されていると言った方がいいかもしれない。会社にはほとんど出向くことはなく、情報を相棒のエイダから受けつつ、浮遊型の大型バイク、エアライダーに乗って近場の仕事場へと転々としている。

 彼の性格上、依頼を待つよりも先に体が動いてしまう。

 困っている人を見捨てられないのだ。

 そんなレージの性格で、偏狭で開発途中の農村に出向いて一人森にいる魔獣を全て殲滅(せんめつ)するという、割に合わないような仕事の依頼を引き受けてしまった。

 かといって、そんなに依頼料が低い仕事ではないのだが、やはり何匹いるかもわからない魔獣の群れを全て狩るような依頼というのは割に合わない。

 だから、私は余計な依頼も同時に受けるようにさせた。

 そのせいで、大変な目に会ったけど。

 

まあいいや。

 

 

 

         1

 鬱蒼(うっそう)と常緑樹の茂る薄暗い森の中。

 レージは狩りという名の殲滅(せんめつ)をしていた。

 

 物騒な場所に似合って、変異した狼型の獣がそのドス黒い身を闇に同化させて徘徊(はいかい)しているような場所だ。近くの村人にこの森へ入った事があるかと聞くと(いわ)く、「あんなところ誰がいくか!」だそうだ。

 どうやら昔から、(ついじゆう)の森と恐れられており、人の手がついていない自然がここにある。言い様ではあるが、この森は魔獣たちが守っている一つの世界なのかもしれない。そう言った意味では、ここに踏み入るものこそ、異端、招かれざる者と言えないだろうか。

 しかし、今はそうも言ってはいられない。

 開発途中の農村に魔獣が現れるようになってしまうような事態が起きている。それは村に住むもの、そして村の開発にも一時中断を余儀なくされるような、悪い影響を及ぼしている。

 人と魔獣の不可侵領域の境目が崩れたのだ。

 何故そうなったかは定かではない。ある人は森の縁に工場施設を建築した、軍事産業会社のせいだと言う人もいる。

元は人のせいかもしれない。しかし、人の立場と言い分を背負って、レージは剣を振るう以外に他はない。

 

「エイダ! 敵数とデータ!」

 森に入ってから、若干数の魔獣を(ほふ)っていたところ、他の魔獣が侵入者であるレージを嗅ぎつけたらしく、団体で出迎えになられたようだ。

 歯牙の鋭い大型犬というべきか、その容姿は狼に近い。艶のない黒い毛並みがユラユラと殺気を漂わせて、口からは唸り声と共に滴る分泌(ぶんぴつ)(えき)から発せられる獣独特の臭いが当たりに充満していく。

 掛け声や号令もなく、レージに襲い掛かる。

 レージは大剣を展開させて応戦する。刀身に隠れていた刃が剥き出しになり、飛び掛る獣を両断する。血しぶきが舞うことはなく、一匹の体が半分に分かれて、地面に叩きつけられると共に赤黒い体液と内臓が溢れて飛び出した。

「確認できた敵数は二十ほど。今日も大猟だわ〜」

 エアディスプレイに映る映像がそう答えた。

 彼女はネット上に存在するAIの一種で、レージと視界を共有して、戦闘をサポートしてくれるパートナーだ。

 レージへの情報提供と彼の体調管理を主に任されており、戦闘時のサポートとしてはデータ解析、魔術をネット上から使い、彼の変わりに魔法発動させるなどもする。もっと発動できるのはレージ自身の強化と補助がほとんどだ。

「仲間を呼ばない限り、すぐに終わるくらいだな、今回は」

 大柄の肢体であるレージが獣たちを見下す。

「油断しないでよね。レーダーだと近場に大物もいるかも知れないから」

 エイダの情報が網膜に投射されることで、レージの視界に敵位置、種類、詳細、ランクなどの情報が映し出される。半身機械化されたレージの体に埋め込まれたネットワーク上の情報を網膜や脳へと直接的に送る装置(デバイス)によって、このように高度な情報の交換を可能にしている。

「さっさと大物当たってくれるのがいいさ! そのほうが村の人が助かる!」

 レージが森の魔獣を掃討しに来たのはその為だ。

 村の開発は一ヶ月以上も滞っており、ただでさえ少なかった村人も避難して少なくなっている。開発どころか、村の消滅すらしかねない事態なのだが、偏狭と割に合わない依頼によって、レージが乗り込むまで何の助けも村にはなかった。

 村の開発は村民が進めているわけではなく、村を含めたさらに広域の統治権をもつ国が補助している。

しかしながら、国はケチな依頼料でこの掃討をレージの会社に依頼していたために、レージの性格が災いしなければ、誰もこのような村を助けはしなかっただろう。

「強化を頼むエイダ!」

OK! 演算式から身体強化と治癒力補助を発動!」

 演算式とは、コンピューターを使い、魔法を演算し発動させる術式(プログラム)

 

 すなわち、演算式魔術―――。

 

 エイダは、自身のいるネットの海から特定の術式を発動させ、彼の肉体を強化させる。

 上段に振りかぶりつつ、レージは獣の中へと突っ込んでいく。

 正面にいた一匹の頭が潰れる。

 それを皮切りに、四方から他の魔獣が飛び掛る。

 二匹を避け、一匹を薙ぎ払い、さらに一匹を蹴り飛ばす。

 が、魔獣がその頭数を利用して連続的に襲い掛かる。

「ちっ、めんどくせええええええ!」

 苛立ちを口に出して、飛び掛る魔獣を横薙ぎに払う。大振りにされた大剣が空気を震わせる。疾風が森を駆ける。

 魔獣が風に一瞬怯む。

 レージがそれを見逃さない。

 近場の獲物から素早く剣先で切り裂く。

 エイダもレージが動くと同時に、演算式で速度強化の魔法をかける。

 疾風となって、瞬きする暇に四匹が血肉と化した。

「いいサポートだ!」

「まだ次がくるわ!」

 礼を言われるエイダだが、返事を返している暇はない。また次の魔獣が飛び込んでくる。賢く暗がりから襲い掛かってきたが、レージの目はしっかりとそれを捉えていた。暗順応のための錐体細胞の強化がされているためだ。

 飛び掛ってきた魔獣の首を掴み、巨木に叩きつける。

「第二術式・・・・・・!」

 手袋に仕込んだ紋章式魔術。法則的に図形を描くことで魔法を発動できる魔術。その効力により、数段階ある内の第二ランクの術式が発動し、手から衝撃が生み出され、魔物の首と巨木の幹をブチ抜く。支えが弱くなった巨木は衝撃の後ゆっくりと倒れていった。

 その間もレージの攻撃は続き、三匹を(ほふ)る。

 倒れる巨木が他の木々の枝折りながら倒れてくる。幹の割れる甲高い音と、地面に倒れる重音が(ひび)く。

「視界が少し開けたわね」

「火気系魔術を使って一帯を焼き払えればな・・・・・・」

「そんなことてはダメよ!」

「わかってる。そういう契約だからな」

 血糊を払い、大剣を構えなおす。

「なら、いつも通り衝撃系で攻めるか!」

 右手の紋章陣にマナ―魔法を発動させるためのエネルギー、その粒子―を集中させて、紋章式魔術を発動させる。風のような魔法の力が刀身に巻きつく。

 詠唱の隙をつこうと、魔獣が一斉に襲い掛かる。

 レージは足場を固め、魔獣が間合いに入る数瞬の間を待つ。そして・・・・・・

 振りぬく!

 風が衝撃の刃となって駆け抜ける。飛び掛った魔獣の制動が壁にぶつかった様に、空中で静止した次には、体がズタズタになり後ろへと吹き飛ばされた。

 更に、剣を振る。

 木々に傷跡を刻み、敵の体にも刻む。

「敵数大幅減少! 残り三匹!」

 エイダが情報を伝える。

「じゃあ一気に型をつけるか!」

 そういって、前へ踏み込む・・・・・・。

「どうした?」

 レージの動きが止まるのを見て、エアディスプレイ越しのエイダが質問する。

 機械が感じ取れない微弱な空気、振動、殺気を彼は捉えていた。

「来るぞ」

「え!?」

 レージがそう言うと、エイダの生物感知レーダーに反応が出た。レーダーにはものすごい速度でこちらに迫ってくる影がある。

「大型の魔獣が高速接近を確認したわ! 前方左!」

 地を蹴る振動が急速に大きくなっていく。

「対獣ツインビースト!」

エイダの示した方向にあった木を砕いて、大きな爪が奥にいるレージへと迫ってきた。木屑や破片が舞う。

 予測と情報から、咄嗟に後退して襲撃をかわした。

 レージの眼前に10メートルはある巨体を持った四速歩行の狼型の獣が姿を現した。銀色の光沢間を帯びた灰黒い毛並みに、背中から突き出た鉱石のような突起物が異様な雰囲気をだしている。

「一週間も粘ってやっと出やがったか!」

 そう言って、大剣を構え直す。

 レージは近場の村に宿を取って、毎日のように魔獣を狩り続けていた。森が広く、この対獣と呼ばれる存在になかなか辿り着くことができなかった。

 この森にいる魔獣たちを統括する親玉であり、森の守護者でもある。

 レージが森の中で暴れているのをかぎつけてきたのだろうか?

362匹もヤったからねぇ・・・・・・、長かったわ・・・・・・」

 涙ぐましく語る。これまで倒した魔獣の数もちゃっかりカウントしている。

「ずいぶんと無視してくれたもんだ」

 対獣は喉を鳴らしてレージを睨んでいる。

「じゃあ・・・・・・」

 敵の姿勢が低くなる。

「まずは一匹目の本命だ!」

 鋭い歯牙を開いて対獣が迫り来る。

「サポート!」

「言われなくたって!」

 レージが指示する前に、エイダが重力軽減の演算式を発動させる。跳躍力を上げて、対獣の真上に逃げる。

 空中から、獣の頭を切りつける。

 

 が・・・・・・

 

 対獣の突起物が青緑色に光る。紋章式の陣に似た模様が魔法障壁となって、レージの大剣を防いだ。レージの体が弾かれる。

「あれは何だもらったデータにはないぞ!」

「この森特有の変異種だから仕方ないわ! おそらく、マナの蓄積帯(ちくせきたい)よ。あのトンガリにマナ反応が濃く出てる」

 前足が頭上から飛んでくると、地面を(えぐ)った。

 避ける。

 レージがエイダと話している間にも対獣の攻撃は飛んでくる。真横を巨体がすり抜けていく。

 対獣は方向を転換、走って向かってくる。運悪く、軌道上にいた手下である小さな魔獣がぶつかって吹っ飛ぶ。

 爪が幹を削ぎ、破片が飛び散る。

 避けながら、エイダが大剣に硬度強化と破壊力上昇、レージには防御強化をかけ、彼も詠唱式を短縮して肉体強化を重ねがけする。詠唱式とは言葉や文字による魔法の発現方法だ。

「障壁を張られるのは面倒だな」

と、言いつつまた斬りかかる。

 正面から斬りつけるが、魔法障壁が展開されて防がれる。

 右から前足が襲い掛かる。

 体を捻ってかわす。

「第二術式!」

 右手から衝撃を連続で放つ。防がれてしまうのは構わない。目暗ましだ。そして、この反動で空中での軌道を変える。

 木の太い枝に着地する。が、すぐに攻撃が飛んできて枝が弾ける。

「あぶねぇ・・・・・・」

 違う木の幹に足を着けて、跳ぶ。

「まだ解析できないのか!」

 エイダに尋ねる。

「生態データだけじゃ情報不足よ! 手数を増やして頂戴!」

 すれ違いざまに斬る、やはり弾かれる。

 地面にスライドしながら着地して、対獣へと向き直る。

「じゃあ、左腕の出力を上げるぞ」

「最大30%までに制御するわよ、いい?」

 大剣を左手だけで持つ。

「問題ない」

 構え、奔る。

 右手に紋章式を発動させ、その力を刀身へと付属させる。更に詠唱式で同系の力を重ねがけする。

 地を蹴る。迎撃をかわす。

 更に加速する。

「しっかり解析しろよ。エイダ!」

 連続する剣戟が残光を残し、後から風の刃が爆風を起こして襲い掛かる。

 しかし、連撃も障壁にほとんど防がれる。

  だが、傷を負わすことはできた。

 エイダが解析結果を伝える。

「障壁が展開して有効になるまでコンマ単位の時間があるわ! 速さと手数で圧倒すればいいわ!」

 それを聞いて、肩を落とす。ようはもっと速く働けということだ。

「骨が折れそうだが・・・・・・、やるか!」

 斬撃から衝撃を放つ、対獣の足元を吹き飛ばして土弾幕となる。

 土煙を割って、レージが飛び出す。

 障壁に阻まれながらも、何度も攻撃する。

 立ち位置を変え、攻撃箇所を変え、斬撃と魔法を組み替えて、攻撃する。攻撃は更に加速する。

 対獣がいくら防壁で防ごうとも、斬撃から発せられる二次攻撃の風の刃が、障壁が防げる範囲を通り越して、巨体を切り刻む。

 攻撃をしているうちに、何度か斬撃自体も通り始める。

「範囲の広い攻撃が有効だな」

「脇下と足元には障壁が張りにくいらしいから、そこをついて攻撃して!」

 エイダが解析結果を伝える。

「オーケイ」

 エイダに答え、フェイントを交えながら、重点的に弱点箇所へと攻撃を加える。

 レージもいくらかかすり傷を負うが、治癒力強化で深手に成らない。

 対獣は攻撃を防ぎきれなくなってきているため、あちらこちらから血が吹き出ている。

 レージが優位を保っている。

 だが、

「! レージ、敵の体内マナが増幅しているわ!」

 エイダが敵の変化を察知する。

 マナの蓄積帯である突起物がより強く輝きだす。

 二つの紋章陣が展開される。防壁の紋章陣とは別の紋様が展開される。

「何か仕掛けてくる!」

 陣が旋回しはじめて、光の玉を無数に発生させる。

 その発生した光が雨となって無軌道に襲い掛かる。

「げぇマジか!」

 数が多くて処理しきれない。カラガラ後退する。

 エイダはすぐに魔法障壁を演算式から発動させて、レージを守る。

 また、対獣の魔法に晒されているのはレージだけではない。

「なんだ? あいつら仲間じゃないのか!」

 群れの手下であろう魔獣の残りもこの攻撃に巻き込まれていた。

「ファミリーを形成しているってデータにあったけど、どうもそうじゃなないのかしら」

「データ古いんじゃないか?」

 むっとするかと思ったら、エイダは自信満々に答えてきた。

「なによ! これでも古い! 不確定! 予測の域! なデータよ?」

「そんなデータいらねえええええええええええ!」

 どこが「これでも」なのか。

「これでも同系統のデータを集めて予測させてるんだから! あと、偽情報(ブラフ)はしっかり省いているのよ」

「情報化が明白に成ってない場所ってのはヤな感じだな」

 情報のあれこれを審議している暇はない。

 今はこの弾幕のような魔法攻撃をどうするかだ。

「見た感じ閃光系の魔法だな」

 レージからは見てそう捉えたようだ。

 一方、エイダはしっかりと判断していた。

「でも、アレを見て」

 レージ視覚にターゲットポイントが表示され、魔法の光に当たっている魔獣にポイントが行く。

「・・・・・・傷を負ってないな」

「そう、おそらくこの魔法は生命力を奪うタイプの魔法。一発の威力は低いみたいだけど、大量に当たると死んでしまうかもよ?」

「食材が痛まないように、弱ったところをおいしく捕食するわけか。嫌な変異してやがる」

 魔法のタイプはわかった。だが、それだけだとこの攻撃を破るには難しい。弾幕の攻撃範囲外から何か仕掛ける必要がある。

「どうする? アレを使うなら許可を申請させるわよ」

 アレ。レージが持つ最大の切り札。

「いや、必要ない」

「え?」

 エイダの提案を却下するレージ。

今は必要ないと思ったからだ。なぜなら、その代わりの案が彼の頭に思いついていた。

 そして、打開策を口にする。

「森には悪いが、ちっとばかり自然破壊させてもらおうか」

 と、言って対獣がいるのとは違う方向に走る。

 逃げた。

 木の陰に隠れるように逃げた。

 対獣がそれを追う。

「ちょっと!?逃げるの!」

「そうじゃねえよ!」

 それでもレージは逃げる。

 魔法の弾幕は木に当たって消滅する。

 レージは木の陰から影へと回り込むように逃げる。魔獣の視界に入らないように。

 見つかれば、次の木の陰に、また次、そして次、さらに次の・・・・・・。

 いや、逃げているだけではない。

 斬音が森に木霊する。

      斬・・・・・・・・・・。

 

 斬。   斬。   斬。  斬。   

   斬。   斬。    斬。

斬。   斬。    斬。

  斬。 斬。     斬。   斬。 

 斬。      斬。  斬。  

斬。  斬。 斬   斬。  斬。

 斬。

斬。  斬。  斬。  

斬。  斬。 

 

斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬斬!

 

 木を次々と伐採した。

 第二術式の風の刃が木を貫通し対獣へ断続的に襲う。

 それだけではない、魔獣に向かって、逃げ場が内容に囲むように木が倒れていく。そして、倒れる木々が風圧を起こして、大きな土煙と木の葉の嵐を巻き上げる。

 対獣の魔法が完全に遮断される。

 何本もの木がのしかかり、動けない。

 正面から気配が迫る。

 煙で霞んだ視界にレージが入る。

 対獣が防壁を展開する!

 

「悪いな。お前の負けだ」

 展開途中の防壁を破り、額へと大剣を突き立てていた。

 対獣の防壁が割れる。

 第二術式発動。

 額から脳天へと剣を振りぬいて、血が吹き出す。

 噴射する赤が緑とレージを染めていった。

「・・・・・・生態反応が消失。目標完全に沈黙しました」

 エイダが画面越しに戦いの終わりを告げた。

「お疲れ様です。リザルト画面はみる?」

「別にいい・・・・・・」

 レージは手を振って、エイダが作ったゲームのような戦闘結果表示を断った。

 

 

 

「すばらしい! すごい! 感動した! あんな化け物を倒したのかい? はははははは!」

 クライアントに褒めちぎられた。

 残念なことに、安いほめ言葉だとしか思えないレーダだった。

 ここは森の一角を切り開いて作られた研究所。兼、もうすぐ工場となる場所。

 イディアシステム株式会社という、ロボテックAI関連の電子機器メーカーが近年建てた施設がここだ。どうやらここで軍事用ヒューマノイドの開発と生産をするらしい。

 そこの所長室にレージがいる。もらったタオルを真っ赤にして体を拭きながら。

「それはどうも・・・・・・」

 レージを褒めているのはここの所長であり、クライアントの一人、ガラフという男だ。

 だいぶ年ではあるような見た目をしているし、不健康そうな細い体つきではあるが、背を伸ばして歩けている。老眼用の片眼鏡が印象的だ。

「しかし、血も拭かずにくるとはね。部下たちが驚いていたよ」

 滴るわけではないが、生乾きな感じでベットリとした血糊を(まと)う大男が歩いてきて驚かないほうがどうかと思う。

「倒したらすぐに報告。ということでしたので」

「ああなるほど。それはすまなかった」

 そう誤って、ガラフはレージと対面のソファーに座った。

「さて、来て早々にすまないが、早速アレを渡してもらえないだろうか?」

「これだろう。血は先に拭いておいたぞ」

 そういって、レージが大剣を見せる。刃は黒い刀身に収まっていて、誰かが怪我をする危険はない。

 大剣をテーブルに静かに置く。

「拝借させてもらうよ」

 ガラフが置かれた大剣を調べる。

彼が柄の付け根辺りを触ると、透明化したチップが現れた。

「これだ、これだ」

 二度頷いて、チップを剣から剥がす。

 チップはレージの戦闘データを記録するもので、さっき戦っていた対獣との交戦データが入っている。

「人が大型の魔獣と戦う貴重なデータだ」

 レージはこの森の殲滅(せんめつ)で、二つの依頼を受けている。

 一つ目が、魔獣の殲滅。村からの依頼。

 二つ目が、魔獣との戦いをこのチップに記録させること。イディアシステムからの依頼。

 そう、二重の依頼をレージは受けていた。

 もっとも、村からの依頼をレージが受けて、イディアシステムの依頼は見ていなかったのだが、エイダがそちらの依頼も見つけて、同時にこなすこととなった。

 その依頼もこれで終わりだ。後は依頼の料金が振り込まれるかどうか。

「大事に役立たせてくれ」

「ああ、もちろんだとも」

 レージの言葉を親身に受け取ったように返事する。

 エイダがエアディスプレイを展開する。

「必要であれば、私の記録したデータも送りますが?」

「おお、それは有難い。ネットならここも繋がっている」

「なら」

 エイダはデータをファイルして電子の海へと放った。

「今はデバイスを付けていないので、あとで確認させてもらうよ」

「ところで、もう少し情報はなかったのか? 突然変異しているとは聞いてないぞ」

 そう、あの対獣はデータではあのようなマナの蓄積帯など持ってはいない。なおかつ、対獣の名前の由来として、二匹対となって行動する習性があるらしい。しかし、今回襲ってきたのは一体だけだった。

「それはすまなかった。が、わしらもそれは知らないことだ。部下が目撃はしているものの、逃げるのに必死だったらしくてな」

「仕方ないです。あんなの画面越しでなければ、私も逃げます」

「お前が言うか・・・・・・」

 レージが画面に向かって突っ込む。

 プログラムのエイダが言うのも何だが、エイダの言うとおりだ。

 一般人があんなのあったら

「しかし、まだ一匹残っているのだろう?」

 ガラフが新たなチップを大剣につける。

「ええ」

「なら、次のやつも頑張ってくれたまえ。村からの依頼も受けているなら、後々戦うことになるだろう」

「そうだな・・・・・・。村のためだ」

 レージは大剣を返してもらう。

「そうです。村のため、私たちイディアシステムのため。よろしく頼むよ。あいつらを狩らないと、工場で働いてくれる人が来てくれないからな」

 大剣を担ぎなおして、立ち上がる。

「では、またもう一匹を仕留めたら来る」

「ああ、期待して待ってますよ」

 部屋から出て行くレージを笑顔で見送る。

 自動ドアが閉まり、表情が変わる。

「・・・・・・しっかりと役立たせてもらうよ」

 ガラフは回収したチップを握り別室へと向かう。

「もっとも、ネットでもらったデータの半分は使えないだろうけどな」

 

 

「何か、引っかかるな」

 レージは何か嫌なものを感じていた。

「引っかかるって?」

 エイダが尋ねる。

「気のせいだとは思うんだが、ガラフってやつ、俺には気に食わなく思う」

 ひどい言い草ではあるが、レージにはガラフの言動や態度が間に触る気がした。

「気に食わない・・・・・か。私に感情論は難しいわ」

 より人に近い自立したプログラムがそう言った。

「まあ、依頼は依頼として割り切ってこなす。それが、村の人のためになるしな」

「村の人がほうっておけないのね。でなきゃ、こんな依頼受けないでしょう?」

「こんな依頼は、どっちのことだ?」

 エイダが指を指して答える。

「こっちのこと」

 その指先はイディアシステムの研究所を指していた。

 

 

 

 レージが出て行くのを見ている影があった。小さい影だった。

「へえ、あいつがか」

 レージがイディアシステムの依頼を受けているのは知っている。そのことでここにいるから。

「周りじゃ何も情報がないし、潜入して直に調べちゃおうかな」

 しかし、正面から入るのはよくないよな。

 お、四階の窓が開いているじゃん。

 

 笑い顔をつれた影は研究所の壁を歩き、開いていた四階の窓に入っていった。

 

 

 

      2

 

 二人の居なくなった森で、ある現象が起こる。

 画面にノイズが走るような、バグが発生したような視界の揺らぎが起きる。

 ノイズは人の形を形成しようとしているようだが、うまくいかずに人ともノイズともつかない曖昧な映像としてそれは生じた。

(いいようになってたまるものか・・・・・・)

 亡霊のように揺らめくように歩く。

 それは村の方へと向かって、森の外へと行こうとする。

 しかし、が森の外へ近づくと、苦しんでいるかのように身悶えし始めた。

(妾は自由になるのじゃ! 

 映像が乱れる。

 虚空に手を伸ばす。誰かに救いを求めているかのように。

 だが、ここには誰も居ない。助けようとしてくれるモノも、助けられるモノも。

 それはやがて原型を留めない砂嵐の様なノイズの集合体と成り果てる。悲鳴のような視覚情報を残して、電源を切られたかのように突如としてぷつりと消えた。

 

 

 

「ダメでした・・・・・・」

 研究員の一人がそう告げた。

「定着しきれないか・・・・・・」

 ガラフは溜息と共に肩を落とす。

 イディアシステムの研究所の一室。

 ガラフの指示の元、大型モニターの前に何人もの研究員とプログラマーが集っている。

 大型のモニターは幾重にも分割されており、そのどれもが森の中を写している。その殆どは、ノイズが発生していた一箇所を、多方面から写している映像となっている。

 信じられないが、あの森の至る所にカメラが仕掛けられているのだろうか。

 いや、そうはない。森全域の木や土に無数ナノマシンが付着しており、それらが互いにリンクしあうことで界隈の情報あらゆるを収集し、研究所に送っている。送られたた情報を再構築させて、ここの画面に出している。

「データリンクの固定は大丈夫か」

 ガラフが尋ねる。

「はい、抜かりなく。こちらの指定区域以外には対象は発生できなくしてあります。プログラマーたちも解析とプログラムの追跡を行っています」

「いや、追跡はやめておきなさい。ネット上に漂う虚構だ。探すだけ無駄です」

 プログラムの解析データを画面に表示して、確認を取る。

「こいつは自然的に発生した現象だ。だが、人工的なものを介するがために、こうやって私たちが研究できる・・・・・・」

 画面を閉じ、ガラフは次の指示を研究員に言い渡した。

 

 壁越しに小さい影が聞き耳を立てていた。

 どうやらここで何かしているのはわかったけど、入るのは今度だ。ステルス化しているとはいえ、入ったら見つかりそうだし。

 他の場所を調べようっと。

 

 

 

 

 村に帰り、民宿に帰ってきた。

 レージは村長が開いている民宿に寝泊りしている。

 ホテルとは違い、客室は少ないが、ログハウス式のつくりで木のぬくもりがある物件になっている。

 尤も、村にできたばかりのホテルがあるのだが、魔獣のせいで従業員が出払ってしまい、無期休業していて、泊まれる場所がここぐらいしかなかったのだが。

「おお、お帰り。収穫はあったか?」

 迎えてくれたのは村長のエフスクだった。

「ええ、おかげさまで」

 村長はこの町に残っている数少ない住民だ。

 村長という役職のため、村から出て行くことができない。というわけではないのだが、避難施設からわざわざ出てきて、レージに宿を提供してくれている。

 この宿も厳重注意区域に指定されてはいたが、レージの働きにより、村を襲撃してくる魔獣の数も頻度も急激に減少したため、今はハザードレベルが下がっている。

 だからといってまだ安心はできないが、森から離れた地域で少しずつヒトは戻ってきつつはある。

「お? それじゃ森の長を倒したのか!」

「まだ一匹だけなんだが・・・・・・」

「ならもう少しじゃないですか、同じようにチャッチャトと終わらせてもらわないとな」

 エフスクがレージに期待の眼差しを向ける。

「そんじゃ、後で施設のみんなにも知らせないとな」

「あ、それですが」

 エアディスプレイを展開してエイダが現れる。

「よう、姉ちゃん。いたのか」

「ええずっと。それより、施設の人たちに知らせるのはまだにしてもらえませんか?」

 エフスクは首を傾げる。

「どうしてだい?」

「実は・・・・・・」 

彼に対し、エイダが森であったこと説明した。いまだ対獣の一匹の居場所を突き止めていないこと。まだ手下の魔獣も狩り終わっていないことを。

「ですから、後一匹がどこに居るかわかりません。もしかしたら森から抜け出ているかもしれません」

「なるほど・・・・・。ではこの話は内密にしておくか」

 納得してくれたようだ。

「お願いします」

 朗報に浮かれて危険区域にはいる人間がいてもおかしくはない。今はレージたちよりも森から遠くに居てくれるので、万が一魔獣の群れや残りの対獣が襲ってきたとしても対処ができる。

「ところで・・・・・新しいお客様がお越しになられたから、どうやら二人の仲間らしいから部屋に通してやったぞ」

 どうやら彼がここに着いたらしい。

「あいつが来たのか。今何号室にいます?」

「隣の中部屋を借りたが、やることがあるのでと言われたからあんたたちの部屋の合鍵を渡しといた」

「そうか。なら俺らの部屋にいるのか・・・・・・。ありがとう、飯の時間になったら降りてきます」

「おう。ではごゆっくりと」

 階段へと向かうレージに頭を下げた。

 

 

 

 ノックするまでもない。自分の部屋なのだから。

 持っている部屋鍵も出さず、無造作にドアノブを掴み引く。

と、そいつは部屋に居た。

「やあ、おかえり。目標を仕留めたみたいだね」

 グレイスが椅子に座って武器の点検をしていた。

「おまえが何でそのことを・・・・・・」

「エイダに教えてもらった」

 部品の穴を覗き込み、不具合がないか確かめる。

「さて、こっちの準備はいいかな」

 グレイスはポケットから五角形状の機械を取り出して机に置き、それを起動させた。パソコンだ。

「エイダ、僕のパソコンに今までの戦闘データを贈ってくれないか。あと、エアディスプレイにレージの状態を映してくれるかな」

「わかったわ」

 画面の奥で頷いて、グレイスのパソコンにリンクを繋ぎ、データを送信した。そして、自分の表示された画面とは別の画面を展開して、そこに言われたデータを表示する。

 その間、レージは上着を脱いで、ベットの上に座った。

「しっかし、ずいぶんと到着が遅かったな」

「仕方ないよ。ここらの交通機関が遮断されているんだからさ。瞬間移動装置なんてものないんだから、自分の足できたよ。でも車もここまで持って来れなかったから、今は隣町においてあるのさ」

 エイダの開いたエアディスプレイ上のデータを確認しつつ言う。

「へえ、盗まれると大変ですね。盗難防止用に強力なプロテクト掛けておきましょうか?」

「頼むよエイダ。でも、犯人を車ごと吹き飛ばすような攻性防壁はやめておくれよ」

「大丈夫です。感電して上手にこんがり肉が焼けました! 位のにしておきますから」

 ディスプレイの奥で彼女の目が明らかに光った。

「とりあえず、左腕と武器の点検をさせてもらうよ。まだ道具が車の中にあるから」

 といって、グレイスはレージの左腕にコードのない電極のようなものをいくつか取り付ける。そして、その機械的な構造である腕の内部を展開させて調べ始めた。

 レージの左腕をみて一言。

「ふむ。大分使ったみたいだね。特に今日かな? 出力上昇による熱変化と磨耗が新しいね」

 グレイスはレージが左腕の出力値を上げて戦ったのを見抜く。

「まあな・・・・・・、でっかいのと張り合ったからな」

「でっかいってどれくらい?」

 左腕をレージから切り離しながら質問する。

「はい、これくらい」

 グレイスの質問にエイダが戦闘中の動画(リプレイ)を見せて答える。

「なるほど・・・・・・これは大きい」

 画面に映るほかの魔獣と比べて、対獣の大きさがどれくらいか知る。

「よくこんなものに安い給料で戦うね君は。信じられないよ」

 左腕を分解しつつ、罵りとも賛辞ともとれること言った。どちらかといえば明らかに賛辞だ。彼的に。

「そいつはどうも。これでも二重依頼だから報酬は倍だ」

「あはは、それはおいしい話だ」

 おいしい話には裏があると思ったグレイスだが、口には出さないことにした。適当に笑っておくことにしよう。

「でも無茶するのはよくないよ。出力を上げるのはいいけど、上げすぎると左腕が壊れるから」

「出力制御はエイダの許可なしに上げることはできねえよ」

「なるほど。用心に越したことはないさ」

 消耗している部品を変えていく。実に腕のメンテナンスは二週間ぶりだ。しかも、この村に来てからは魔獣を狩るのに大分時間を割いている。肉体疲労は休息を取れば回復するが、機械の消耗はどうにもならない。定期的にメンテナンスが必要だ。特に酷使している時にはだ。

「よし、左腕は終わったよ」

 電極を外し。腕を元通りにしていく。元に戻った左腕は人間の腕となんら変わりない。変わっているとしたら、繋ぎ目が多少あるくらいだ。それをレージの肩口の断面と結合させる。

 戻った左腕の感覚をレージが確かめる。

「サンキュー。軋みが少なくなった気がするな」

「それはよかった。じゃあ、武器のチェックもするから借りるよ」

 といって、グレイスはレージの大剣を重そうに持ち上げる。

 大剣を展開して刃を出す。

「こっちはそんなに悪くないかな。刃毀れが少しあるみたいだけど・・・・・・にしてもなんで血だらけなんだい?」

 窪みや接合部分に血の塊がこびりついていた。

「あの馬鹿でかいやつの頭に根元まで突き入れたからな」

「・・・・・・表現が卑猥」

 エイダがボソリと。

「なんか言ったか?」

「いいえ」

 グレイスが首を縦に頷く。

「じゃあ、洗浄しないとね」

 展開していた刃をしまう。

「とりあえず、これは借りていくよ。というわけで変えを持ってこないと・・・・・・」

 グレイスは部屋を出て行く。そして、自分の部屋から代わりの武器を持ってきた。

「はい。これ」

 予備のと言うか、まったく同じ大剣を持ってきた。

「同じやつじゃないか!」

「おいおい失礼だね。金属の配合を変えて強度は増しているし、最大展開時の連結だって要望通り強化している。あと、前より数グラム軽くできているんだ」

「それは予備とは言わないだろう。明らかに新調してるじゃないか」

「誰も予備なんていってないよ?」

「縫う・・・・・」

「ふふん。じゃ、感覚が少し違うかもしれないけど、すぐに慣れるよね? 後の同期化やプログラムセッティングはエイダに任せるよ」

「オーケー。それじゃあレージ、剣をあなたのパソコンに繋いでくれる? 細かいセッティングは次の狩りで調整するけど、初期設定はしておくから」

 荷物からパソコンを取り出して、起動させる。遠隔プラグを大剣に取り付けた。

 グレイスは道具を直して、部屋を出ていく。

「それじゃあ、またメンテナンスをしてほしいときは隣の部屋に来てくれ。僕は残りの道具を車から取ってこないいといけないから、今から出て行くけどね」

「エイダの防壁に引っかかって来い」

「そんなヘマはしないよ」

 右手を振って出て行った。

 レージは上着を着なおして、立ち上がる。

「よし、じゃあ俺たちももう一度森に向かうぞ」

 レージの提案にエイダが驚く。

「え?今から?」

「まだ昼だし、剣の調整を街中で行うわけには行かないだろう? 初期設定は終わったか?」

「ええ、すでに動機済みよ」

 柄を握り背中に担ぐ。

「じゃあ、いくぞ」

「えぇ〜! 折角昼間があいたからオンラインゲームでボス狩りでもしようと思ったのにぃ」

「何いってやがる。行くぞ。どうせ、裏でウィンドウ開いてやってるんだろう?」

「うっ! わかったわよ・・・・・・」

 しぶしぶ納得したエイダをつれて、また森へと向かっていった。

 

 

 

「また失敗ですか」

 ガラフの実験はまだ森で続いていた。

 ガラフの実験はあるAIプログラムを使って、実際にはない映像をあるはずのない実体として、情報機器を通じて特定の場所に投射すること。

 つまり、そこに居るはずのない人間をメディアを媒介に間接的に出現させるというもの。

 ガラフたちはこれにより出現するものを【電子精霊】と名づけ、【電霊】と呼んでいる。

 彼らはこの【電霊】を実体化させる実験をこの森全域を使って行っている。

 それにどのような意味があるのか?

 彼らは軍事関連のAIやロボット開発に従事している事からも分かるように、それは戦争の道具として使える。敵の目にいるはずのない人間を突如出現させ混乱を誘える。大量に発生させて自軍の兵力を誤魔化せる。乱戦時にそれを攻撃させて隙を作らせる。

 だが、今の【電霊】の実体実験ではそれすらもかなわない。実体として不完全であり、なにより多くの情報端末ナノマシンを用いても、ノイズ混じりの実体化程度しかない。

 実はカメラを設置することで、より実体化を可能にできるのだが、実験を始めた当初は魔獣が多くてカメラを使うことができなかった。それに、カメラを介さずに実体化させなければ成らない。

 なぜなら・・・・・・。

「絶対に実体化してやらないもん!」

 誰もいない透明なケージの中から声がした。

 いや、声すら普通では聞き取れない。ましてや見ることも。

 ガラフのイヤフォンから聞こえたその声に振り向いて、デバイス付のメガネを掛ける。すると、ケージの中にその少女が現れる。見えるようになる。

 硬い表情で少女を見て業務的に言う。

「強情にしていてもすぐに実体化を成功させてやりますよ」

 それに対し嫌な顔で【電霊】が蔑み見る。

「どうだか・・・・・・実体化できたら逃げちゃうんだから」

「それは無理でしょう。あなたは誰かに見てもらわないと存在できない。しかも、機械的なものを介して視覚情報に訴えかけないと・・・・・・。いわば幽霊のようなもの。そんなあなたがどうやって逃げられるのですか?」

 ニタリと笑う口が下弦の月の如く彼らの優勢を雄弁していた。

「どうせ、妾を戦争の道具に使うのが目的でしょう。誰がそんなことを・・・・・・」

 彼女は思う。もし、この実験で自分が実体化に成功してしまった場合、その実体化した時点でのデータを元に彼女と類似したプログラムを作ることで、どのようなことができるのか。前記したこともあるが、それ以外にも多くのことに自分が利用されるのではないか。

「戦争か。確かにこの会社は戦争の手伝いをする会社だ。軍用のプログラムを開発し、兵器のためのロボットのAIを作り、そうやって戦争経済の一端に噛み付いて利潤を吸い上げてきた」

「とんだ害虫・・・・・・」

「だが、それ以上にお前には価値があるのだよ。お前は【電霊】であるお前自身を過小評価し過ぎなのだ」

(妾が妾を過小評価・・・・・・)

「それって、どういうこと」

「気づいてないのか? 仕方ない。お前にとってそれは自然で自動で、行っていることなのだからな。お前が存在する。それだけで多大な価値があるのだよ」

 ガラフはデバイスを外す。イヤフォンも。

 彼女の与太話に付き合っている暇ではない。次の実験の準備をしなければ成らない。今森にやつは居ない。この合間を縫って実験をより成功に導かねば。

「・・・・・・妾を利用するのは変わりないのか・・・・・」

 【電霊】はゆっくりと座り込み項垂れた。

 ケージのガラスを弱弱しく叩く。しかし、その音は誰にも聞こえない。

 彼女の頭上にいくつかのカメラが天井から向いていた。彼女をこのケージの中で実体化させるためのものだ。カメラは外部ネットワークには繋がっていない。それはこの室内のみにしか有効化されていないがゆえに、彼女は他の場所には出現できなくなっている。

【電霊】たる彼女はプログラムではあるが、プログラムではない電子世界の霊的な存在とも言える。実体化を試みた時にガラフによってネットとのリンクを断たれて、ここに閉じ込められてしまった。ネットワークを渡ってカメラの目を盗みつつ移動する存在であるが故に、ネットとリンクをするものがなければ、カメラの認識範囲でしか実体化できないし、それ以外のメディアを使って実体化を試みてもうまくいかない。

 だが、彼女が逃げる方法はある。

 

 誰かから自分を認識してもらう。

 

 しかし、それは同時に彼女を見える人間ではないといけない。常に彼女を認識できる人間でないといけない。

 しかし、そんな人間はここには居ない。

 ここではデバイス越しに彼女を視覚と聴覚のみだけでしか、彼女は認識されていない。デバイスもケージ内に有効範囲が限定されている。

「・・・・・・逃げてやる! 絶対に・・・・・・!」

 もし、可能性があるとすれば、森から出ることだ。

 森の外近くまで行き、近くに町があって、監視カメラがあれさえすれば、そのカメラに自分を認識させてネットの海へと逃げ切れる。そう彼女は考えている。

(それまで、実験を阻害し続けてやる。妾を戦争の道具にされてたまるもんか)

 自分はそんなことのために発生した訳じゃない。自分は自分のしたいことの為にこの世界に虚像を作り上げてまで実体化したんだ。

 しかし、彼女の考えていることは不可能である。なぜなら、近くにある村には偏狭が故に監視カメラがない。更に言えば、魔獣の騒ぎで森の近くは人払いがされている。さらに、今の彼女の実体化と出現はガラフの手によって管理されている。第一にその管理下から逃れないといけない。

 彼女の求める可能性は一つもなかった。

 だが、求めているもの意外の所に、彼女の知らない所に可能性が存在する。

 

 

 その可能性が今、彼女に近づきつつあった。

 

 

 

 レージは何匹かの魔獣を出会う都度倒して森を進んだ。

「明らかにおかしいことがあるわね」

 エイダが画面越しに話しかける。

「まず、対獣。何故突然変異してマナの蓄積帯を持ってしまったのかって事ね。あの魔獣はこの森に古くから居たと言われている。他の魔獣を従えてファミリーを形成しているんだったら、天敵もいないし、変異する必要性もない。

 次に、あの魔法。捕食の為に得た力だとしても、戦闘向きの魔法だった。それに何で助けに来た魔獣たちまで巻き添えにするのか。

 最後に、何でこの私が、昼下がりのオンゲーに耽らずにこんなところに居るのかって事ね」

「とりあえず、最後にー――、の部分は賛同できないな」

 倒した魔獣の血を振り払い、また森の奥へと進む。

 これじゃあアイテムを露天で売り買いするしかできないじゃない! と喚く画面の中の人は無視することにした。

「でまあ、結局のところ、このおかしなことを解明できれば、魔獣が村を襲った理由がわかるかもしれないわけだな」

「確かにレージの言うとおりだけど、何で森の奥に行くわけ?」

 自分たちはグレイスに新調してもらった剣の詳細設定をするため、つまりは、魔獣で試し切りしにこの森に入ったのだけれど、だからといって奥に進む必要はない。森の淵近くで十分なはずだ。

「ちょっと気になってな」

 モクモクと奥へと進んでいく。

「気になる?」

「俺たちはこの森で二週間近く狩りしているわけだが」

「奥には行ったことがないと?」

「ああ、一番奥にはな」

 今まで、村の近くから殲滅を行っていた。特にこの森の長である対獣の情報も乏しかったため、無理をせずに逃げることも視野に入れていた。仮にあの変異体が情報通りにツガイで襲ってきたなら、逃げに徹していただろう。

GPSだとまだ森の半分も踏破してないみたいだし。奥って言ってもどの辺に行く気なの?」

「森の途中が山裾に当たっているだろう。その辺りに何かあるんじゃないか?」

 エイダがマップを確認する。

「何か遺跡の跡・・・・・・っていうのかな? そんなのがあるみたい」

「じゃあその方向に案内してくれ」

「じゃあここから、北西北の方角。レージの歩いている角度から右に10°3224″」

「そんな細かい方向修正できるか!」

 視覚情報に方向指示が表示される。矢印の向きに行けば目的地に辿りつける。

 であった魔獣を倒しつつ進んでいくと、程なくしてそこに着いた。

 山の急斜面に埋もれるようにして遺跡があった。崩れた柱が地中から少し顔を出している程度で、遺跡の入り口らしき所は土砂に埋もれてしまったのか、中に入ることができない。

 何よりもここはひどい腐臭がしていた。

「鼻がもげそうだ・・・・・・」

「不快指数100無量大数を突破しています・・・・・・」

 レージは口と鼻を覆う。エイダも防毒マスクをつけている。

 遺跡の前に散らばる骨と肉と毛と臓腑と汚物。無残に食い散らかれた魔獣の成れの果てがそこにあった。血が白い石畳にこびり付いて褐色に変色している。

 おまけに近くの日当たりのいい木々に何匹かの死体が吊るされていた。賢く保存用に天日干しでもしていたのだろうか。

「ここが巣ってわけね」

「だろうな・・・・・・にしてもこれは対獣がファミリーを形成していたはずがない。仲間内で共食いしていたんだからな」

「そうね。ファミリーというよりもスレイブといった方がいいかな」

 対獣は森の長として魔獣を使役していたのではなく、食物連鎖の長として君臨していたのだろう。あの体格さに魔法だ、魔獣が束になっても勝てるはずがない。

「にしても変ね」

 エイダが何かに気づく。

「どうした?」

「今日倒した対獣がここで食事をしていたんだったら、真新しい食い残しでもないといけないのに、ここにある死骸は時間がたっているものばかり。昨日今日の食事の跡が見当たらない」

 数日はここに居なかったということになる。

「それだけじゃないぞ。もう一匹も見当たらない」

「数日前から二匹ともここに居なかったってことね」

 エイダの答えをレージが言い換える。

「いや、数日前から居なくなったってことじゃないか」

 屈み、何かを拾い上げる。

「それは?」

「・・・・・・どうやらいい感じがしないな」

 レージの手には麻酔弾の残骸が乗っていた。

 

 

 

 イディアシステムの研究所。

 

 再び実験が行われようとしていた。

「準備が整いました」

 研究員の一人がガラフに告げる。

「そうか、確認しておくが、奴の所在は?」

「いつもの民宿です。そこから動いていません」

 ガラフが頷いて、指示を出す。

「では、また実験を開始する。発生する範囲を限定して、情報の密度を上げる方法でやることにしよう。いいですね」

 そうして、また【電霊】を森の中に出現させる実験が始まる。

 

 【電霊】の少女はケージの中で次の実験の内容を認識した。

「・・・・・・妾の発生事態に力を入れる気か」

 狭い範囲でしか移動できないだろう。もしかしたら移動すらできないかもしれない。

「意地でも完全に実体化しないようにしないと・・・・・・」

 情報の密度が高いほど自分の実体化が鮮明になるのはわかっている。だから、次の実験は彼女にとっては自身のデータをガラフに曝け出してしまう恐れがある。

「容姿データを書き換えるくらいしないと今回はダメかな・・・・・・」

 下手をすれば自分が今後世界に発生しなくなるかもしれない。彼女にとってはそれは不本意ではあるが、世界にとってはいいことかもしれない。

(妾の存在自体があってはいけないのかもしれんな・・・・・・)

 あまり世界を見られずここに捕まってしまったが、もし軍事的な意図や悪意で自分が発生するよりはよかっただろう。

「本意ではないが、妾は消えた方がましかもな」

 次の実験でどれだけ弊害が出せるだろうか。でも、こいつらの今までを台無しにしてやる!

 悲しい決意に泣きたかった。

 だけど、彼女のデータに涙を流すという再現はなかった。

 

 再び実験が開始された。

 

 

 

同時刻

 対獣の森の中。

 

「やっぱりあやしいです」

 エイダが森の外に見えるイディアシステムの工場を見る。

 森から見る外観が不釣合いに白く、人工的で無機質で。

「村の話ではあそこが建ってからしばらくして魔獣が暴れだしたようだな」

「森を侵略したから〜とか、そんな話もありましたね」

 工場は森の一角を切り開いて作ってある。半導体や精密機械を作るのにはこういった場所の方が適しているのは確かだ。都市部で半導体部品などを製造すると車や電車、人の生活で起きる微細な振動が影響して精度が落ちることは実際に検証されている。

 開発がされているとは言え、その村の開発が終われば工場の稼動もうまく回るだろう。

「ただ工場を建てるなら森の淵程度でいいと思うんだが。なんで一角を切り開いてまで森の中に入る必要があるのかだな」

「確かに、こんな危険なところに作るのはおかしいです」

 対獣との戦闘データを取って来いというのも依頼としてはどうもおかしい。

軍事ロボット用のAIを組むなら人と人の戦争を想定して作るものではないのか。大型魔獣との戦闘データを必要とはしないはずだ。

「エイダ、あの会社の概要とかわかるか?」

「ばっちり調べてるわよ。画面を追加して・・・・・・

 イディアシステム株式会社。AI産業を中心に事業を展開しているグループ。主に生産されているのは軍事ヒューマノイドと軍事機器に組み込まれる基盤とデータ装置です。センサーや探知機も作られています。軍事産業に特化したものばかり作っています。あ、壁死んだ。

 最近ではミツハシグループの傘下に入ると公表しています。いいスポンサーが着いているものです。支援かけ直してと。

 しかし、前々から国際取引を禁止されている某国との取引で、裏金をプールしているとの噂もあります。噂ですけど。連携!

そのイメージを払拭するためにミツハシグループの傘に下るのかもしれないです。あのグループ他国ではありますがクリアなイメージを戦略としている最中ですし、何よりも権力や資本金の高さは世界でも有数ですから。・・・・・・よし、倒した! アイテムー」

「よくそこまで調べているな」

「ネットワークの復旧しまくっている時代ですから。私の手に掛れば掲示板と会社のホームページで調べるだけで直ぐです!」

 自慢げに言った。

「それちゃんと調べているのか?」

「勿論です。まあ、流石に株価変動の解析まではやってられないのでしていませんけど・・・・・・」

「じゃあ会社自体が大分ブラックなんだな」

「ええ、特に資金面の変化がおかしいとはよく言われています」

「某国に高く商品を売って儲けて、その収入を誤魔化しているかもしれないのか」

 普通に自国の軍に売りつけるよりも、危険な国に売った方が高く売れるのは目に見えている。

「でもって、私がこのボスに挑んだ回数とレアアイテムの出なさもおかしいです! 理論値ではもうとっくにレアが出てていいはずです!」

「エイダぁ! やっぱりゲームしてたのか!」

「私くらいのAIプログラムになれば、同時に5体のキャラを操って、レージのガイドくらいできます。ご安心を」

「ボス狩り中に一人連携でもしてやがるのはいいが、お前がゲームに忙しい時にこっちが魔獣との戦闘になったらどうする気だ、おい」

 検証と議論がエイダのプログラム内でされる。

「レアアイテムのために私の支援を諦めてください」

「戦闘補助のAIが補助する優先相手を違えるなよ! 俺はゲームのアイテム以下か!」

 画面内でエイダの首が縦に振られる。

「残念ながら」

「残念がるな」

「でも、このボスからレアが出ればしっかりとレージもサポートしますので。あ、16時32分12秒終了。ドロップがしょぼい・・・・・・」

「じゃあ、こっちのサポートしろよ。ちょうど向こうに獣がいるぞ」

 遠くに数匹の魔獣を確認する。レージはその方向へとゆっくり向かった。

「サポートなしでもアレくらいなら片付けられるでしょう・・・・・・。次のボスの出現まで6時間あるから出たアイテムを売り出しにいくとします」

「いおいお、終わったんじゃないのか?」

「売り出しの最中はシステムを放置しますので、キャラクターに動作を与えることはありませんので」

「じゃあ、しっかりとサポートしろ。どうやら助けの必要な人がいるからな」

 レージが走り出す。数匹の魔中の群れる眼の先200メートルへ。

「人? レーダでは確認できないんだけどなぁ・・・・・・」

 

 

 

 同時刻(多少前後する)

イディアシステムの研究所

 

 ―――有効範囲半径30メートル以内。情報の収束率、前回の300%強。出力データ最大1Tbps に引き上げます。

「できるだけ出力をあげろ。ダメそうならカメラを飛ばしても構わない。ただし、リンクはここ限定でな。できるだけ【電霊】の出現に助力しなさい」

 ガラフが次々と指示を出す。

 彼女が協力的ではないのはわかっている。発生時の状況を見ても外へと逃げようとしたり、実体化を拒むような装いがあった。なら、無理やりにでも実体化させるつもりだ。

 仮に、彼女が全力で実体化を拒むことがあれば、それはそれで好機(、、)だ。

 彼が求めているのは彼女が実体化することではない。そのプロセスが重要なのだから。

(ならばやってみるがいいさ。利用する? 存在価値? 利用するさ。そのための存在価値があるのだから)

「実験開始。対獣の森、目標地点に【電霊】の再現を行います」

 

 

 

同時刻

 

 森に彼女が発生した。

 その彼女は自らの発生を拒んでいた。

 地に臥せて、身を縮めて、自らのデータを改変していた。

(データの出力値が高い・・・・・・)

 体中にノイズが走る。映像としてレンダリングされていく箇所のデータを書き換えていく。ポリゴンを組み替え、テクスチャーを張替え、法線を反転させ、ボーンをヌルをデータリンクも壊す。

 干渉するデータの誤差が彼女の実体化を容易にさせない。が、超大容量通信が送ってくるもとのデータの修復干渉に組み替えが追いつかない。

 誰も聞こえない呻きと叫びと嗚咽が生まれる。

 データの変化とその修復との誤差が痛みを生む。壊れていく感覚が全身を走り、壊れた箇所を修復される感覚と混じりあう。

(周りの機器に影響を与えられれば・・・・・・)

 彼女を実体化させるのに使われているのは、森中に散布されているナノマシン。この一帯のナノマシンを破壊することができれば、実体化を阻止できる。だが、物理的な存在ではない彼女は物理的にナノマシンを破壊することはできない。

(なら、こっちからデータの流れを逆流させれば)

 壊れたデータの修復が行われているなら。そのデータを半端に修復され状態で送り返してやった。周りに散布されたナノマシンにデータをグチャグチャにして送りつける。

 効果は確かにあった、データの齟齬が発生したナノマシンのいくつかは停止した。

 が、停止したのは数万の内の数百程度。彼女が実体化を阻止できる絶対量ではなかった。

(畜生・・・・・・こんなのでもダメなの)

 ナノマシンをいくら壊そうと、出力管理をしているのは研究所。研究所を破壊するくらい市内と無理なのか。

 だか、それは外部とリンクを断たれた自分自身の霧散を意味する。研究所の機械を壊して、ここのナノマシンを全て停止してしまえば、自身を認識するものが無くなるということ。そして、自分が消えてしまうことだ。

(このまま、利用されるような奴隷になるくらいなら、妾は消えてなくなる事を選ぶ!)

 最初に与えられた概念を元に、彼女は研究所に干渉を始めようとする。

 自らのデータを壊し、研究所の機器を壊すエラープログラムの送信を。

―――妾の存在は消える。

 

 覚悟を決めた時。

 

 彼女が予測していなかった、想定していなかった救いが来た。

 

「誰か倒れているぞ!」

 

 彼女は自分を壊すことに必死で気づかなかった。彼女の周りに魔獣がいて、彼女を囲んでいたこと。

そして、魔獣に囲まれている彼女をレージが助けようと向かってきていたこと。

 

 彼女はレージによって認識(’’)されていた(’’’’’)

 

 

 

 同時刻 イディアシステムの研究所

 

「【電霊】発生現場に誰か近づいてきています!」

 研究所にざわめきが走る。

 森には誰も近づかないはずだ。いや、近づかないようにしてある。ましてや入るものもは居ない。

 居るとすれば、そいつは魔獣の殲滅を任された傭兵だけ。

 そう、レージかいない。

「馬鹿な! レージの居場所はどこだ!」

 彼の武器にチップを貼り付けていた。あれは戦闘データを採取するだけではない。彼の位置を知らせるためのものでもあった。

 監視用のチップだった。

「民宿から動いていません」

「なら、今感知している大柄の男は!」

 もし、ただの人間なら問題は無い。デバイスを埋め込んでいないような人間ならば、【電霊】を目撃することも無い。近場の犬に食われて死ぬだけだ。

 だが、レージだけは違う。体に機械を埋め込み自身がネットに繋がっているような人間だ。、視覚情報をネット上のAIと同期化させている。だからこそ注意していた。

 彼が、【電霊】を目撃しないように。

 レージが森に居ないときを見計らって実験をしていた。かつ、彼に消えてもらうための準備までしていた。

「そいつが誰か表示しろ!」

 活動していなかったナノマシンを急遽起動させ、認識値を上げる。不審者の映像が画面に映し出される。

 チップをつけたはずの大剣を携えたレージだった。

「ばかな! どうなっている」

 確かにチップはつけていた。彼の持つあの大剣だった。そして間違いなくそこに移っていたのはレージだった。

「所長! 【電霊】の実体化が急速に進んでいます!」

 その言葉にガラフの心臓が大きく脈打った。

 

 

 

 【電霊】咄嗟に自破壊を止めていた。

 本能的に、自動的に、プログラム的に―――。

 今近づいてきている人物の目に自身が映っていることを感覚的にわかった。そしてこれが最大のチャンスだということ。

 プログラムを変化させるのを止めて、送られてくるデータを受け入れる。急速に彼女に走っていたノイズが薄れて実体化が進む。

 鮮明に、より詳細に、実際的に、人である形を再現していく。自らの形を定着させていく。

 それと共に、依存していたリンクを引き剥がして、今近づいてきているものにリンクを移し変える。

 今まであった研究所との強制リンクを剥離させた。

 

 彼女はレージに完全にとり憑いた。

 

 

 

 レージが少女の前に来る。

 魔獣が彼に気づいて低く喉を鳴らす。

 「うぉおらぁああ!」

 背中から大剣を展開して、一匹目に叩きつける。魔獣の頭と地面が抉れる。

 「大丈夫か!」

 地面に倒れている少女に声をかける。

 顔を上げて、レージの顔を見る。

(見えている・・・・・・!)

 確信と共に反射的に声を上げた。

「助けて!」

 聞こえるはずは無いが、口からそう言葉が飛び出した。

 しかし、意外な反応が返ってくる。

 

「わかった!」

 

 しっかりと返事が返ってきた。

 レージはすぐに簡易詠唱式で肉体強化を施し、エイダを呼び出す。

「エイダ! ほかに魔獣はいないよな」

「目認できるのはそこの二体だけ、だけど近くに群れがいます」

 エイダはすぐに演算式で援護する。

「そうか、なら気づかれたかもな」

 残り二匹に向きを変える。

 案の定遠吠えを始めた。

「くそ! 厄介だな」

 喉を切り裂き、吼えるのを止めさせる。しかし、すでに遅い。

「群れが近づいているわ! どうするの?」

 二匹とも切り伏せて、この場の魔獣はいなくなったが、遠くから草を掻き分けて走ってくる音がする。

「仕方ない。掴まれ!」

 レージは少女に手を伸ばした。

 

 彼女は躊躇った。

 実体の無い自分が人に掴まれるはずはない。

 

「何をしている!」

 レージは無理やり彼女を掴んで左腕に抱えた(’’’’’’’’’)

「逃げるぞしっかり掴まってろ! エイダ! 森の外への最短ルートを頼む」

「わかった。視覚にマップと方向を映すわ」

 迫ってくる足音に背を向けて、レージは森の外に走り出した。

 (妾が人に掴まれた・・・・・・!)

 実体の無い彼女を掴むことはできないはずだ。なのにレージはその彼女を掴み抱えて、逃走している。

「もう追いついたか。エイダ範囲強化系と第二術式を頼む」

 そして、画面に映っているエイダも彼女を認識している。

「わかったわ、でも片腕で戦えるの?」

 剣を振るう利き腕の左腕で少女を抱えている。戦うには大分落ち度があるはずだ。

「やれるさ。でも数によるな」

「後ろから20匹」

「大分きてやがるな」

 視覚情報に加えられたレーダーにも敵が密集して迫ってきているのがわかる。

「とりあえず、先に森を抜ける! それでも追ってきたら外で片付ける。外には人は居ないだろうな!」

「いないわ。安心して」

「なら速度を上げるぞ。振り落とされるな!」

 術式を重ねて更に走る速度が上がる。

 すぐ後ろまで来ていたはずの魔獣たちとの距離が離れ始める。

 数分もしないうちに森の外が見えた。

「よし! 外だ」

「で、どうするのレージ!」

 魔獣との距離は十分にあることを確認する。

「こうするんだよっ!」

 森の外へと飛び出る。体を回転させて、外に出た瞬間に体が森の方を向く。

 そして、剣を薙いだ。

 大剣に付属していた風が衝撃と成り森の木々を切り裂いていく。範囲強化の魔法をかけていたために、広範囲の木が扇状になぎ倒されていく。

 魔獣たちの足取りが止まる。

「よし、このまま逃げるぞ」

 レージは魔獣が追いつけないことを確信して村へと駆け抜けた。

 

 

 

 思っても見なかった。

 まさか妾がこのような形で外の世界に出れるとなんて・・・・・・。

 一度は消えてなくなる覚悟をしていた。

 妾が特異な存在であることはわかっている。本来なら人から見えず、声も聞こえず、ましてや触ることはできない存在。

 しかし、こやつは妾を見つけ、妾の声を聞き、挙句に掴んで抱えている。

 外が近づいている。

 何度も目指してたどり着けなかった森の外。

 妾が望んだ光景がこの先にあるはずだ。

 森の外へと飛び出す。

 暗い森に慣れた目が明順応で外の光を強く感じる。

(眩しい・・・・・・)

 目が慣れると開けた空と遠くにあるビル群が見える。

 確信した。

 

 妾は自由だ・・・・・・!

 

 

 

 イディアシステムの研究所 

 

「【電霊】の実体化に成功しました。ですが・・・・・・」

 ガラフはモニターをみて立ち尽くしていた。

「ですが、【電霊】はこちらとのリンクを断ちました。強制的に呼び戻すことができません」

 鼓動が大きいままだ。震える。体が震える

「実験は失敗で・・・・・・」

「いや、成功だ・・・・・・」

 声が震える。手が震える。体が震える。

 

 歓喜に震える!

 

 最初から、そうすればよかった。何故しなかったのかと思う。レージを使い、【電霊】を強制的にでも実体化できたのではないのか? だが、それももうどうでもいい。成功したのだから、大成功だといっても言い。

「成功だ! さあ、今の実験のデータを解析してまとめてくれ! 特にリンクが切れた瞬間のプログラム変化を調べてくれ」

「ですが、逃げた【電霊】は・・・・・・」

「それなら心配ない。奴のところにいる。しばらくはネットには飛べないはずだ。発生した現場のナノマシンを遠隔ロボットで回収してください。壊れたのも一緒にです」

 ガラフの指示に従い、研究者がデータを解析始める。

「しかし、このまま【電霊】を渡しておくわけには行きません。返してもらわないといけませんね・・・・・・」

 

 

 

 

           3

 

「おい。おきろ!」

 少女を揺するが、気絶しているらしい。目を開けてくれない。

「ちょっと・・・・・・その子」

 エイダが異変に気づく。

「し・・・・・・シンデイル・・・・・・」

「うそだな」

「ええうそです」

 レージがため息と共に肩を落とす。

「でも、なんかおかしいです。その子に私は違和感を感じまくっているのですが・・・・・・。データが示す限りはおかしいところはないんだよね」

「エイダはこのごろ調子が悪くないか?」

 顔を顰めながらエイダが反論する。

「そんなはずはないんだけど・・・・・・。後でほかのプログラムをメンテナンスしておこうかな・・・・・・」

「ああ、そうしてくれ」

 レージは改めて少女を確認する。身体強化を施しているのもあるが、すごく軽い感じがする。見た目も華奢だから本当に軽いのかもしれない。服は森にいた割りには小奇麗だ・・・・・・いや少し汚れてはいる。

「仕方ない、宿に連れて行くか」

 

 

 

 民宿の自動ドアが開く。

 中で、民宿の主人兼村長が待っていた。

「お帰りなさいませ。また森に行ってたのかい?」

 接客癖のある声が出迎えた。レージは長くいるからタメでいいと言っていたのだけど、村長の言葉の所々がたまに丁寧語やら尊敬語、謙譲語になってしまっている。

「ああ、調べ物にな。こいつを置いたら食事にする」

「かしこまりました」

 ぶっきらぼうなわりには接客が確りしている村長だった。

 レージは階段を上がって、部屋へと入っていく。

 村長は首を傾げてつぶやく。

「はてさて、何を運んでいたのだろうか?」

 レージが左腕に何かを抱えるようにして入ってきたが、腕の中には何もなかった。

「背中の剣のことか?」

 そう思うことにした。

確かに食事中にはいらないからな。

 

 

 

 少女をベッドに寝かせた。

「さて、飯の時間も近いな・・・・・・」

 背負っていた大剣を壁に立てかけ、椅子に座る。

「大分つかれた。早く温泉に入りたいぜ」

 機械の腕を持っていて温泉に入っても大丈夫かと思うが、問題はない。金属加工によりステンレス化されてあるし、触媒コートもしてある。

「お帰り、また森に入ったのかい?」

 グレイスが尋ねてきた。

「まあな、渡された剣の調整と調べモノにな」

「ふぅん。成るほどねぇ」

 返事し、コーヒー片手に啜る。

「で調子はどうだった?」

「まずまずだ。前より少し軽くなっていたのはわかった。だがアレで強度は大丈夫だろうな?」

「重量と強度は反比例じゃないよ。強度も各所確りと補強しているから安心して。まあ、やられちゃっても僕には責任を押し付けないでね」

「武器と整備に欠陥があればそれは整備しの責任じゃねえのか?」

「ははは。そんなヘマをするわけないじゃないか!」

 ヘラヘラと返答する。が、確かにグレイスが整備に手を抜いたりはしない。律儀に、そして的確にレージの腕や剣を整備してくれる。

「でも・・・・・・、整備したこと以外の整備は範囲外だよ」

 そう言って、グレイスがレージに何かを投げた。

 チップだった。

「ガラフがつけていたチップ」

 しかし、それは対獣の戦闘データを収集した際に渡したはず。

「古いほうの剣についていた。透明化していたから始めは気づかなかったけど。ちょっと木になって調べさせてもらった」

「ああ、イディアシステムで付けられた奴だ。依頼で戦闘データをこのチップに収集させる約束だったからな」

 しかし、その一つの目的は終わっている。対獣の一匹を仕留めたのだから。

「戦闘データを収集するチップ・・・・・・。まあそうだね。でも違うよ・・・・・・」

「違うだと?」

 カップの残りを飲み干して言う。

「それ、現在地を知らせる信号を発しているんだ。つまり、発信機だよ」

 レージに少なからず衝撃が走る。

 だが、すでにあの研究所が怪しいとはにらんでいたから、そこまで驚くことはなかった。

「そうか・・・・・・。ならこいつを見てくれ」

 懐から、森で拾ったものを投げる。

 グレイスが受け取ったものを確認する。

「麻酔弾・・・・・・」

「森の奥で拾った。あの森には誰も近づかないはずだよな?」

「確かに変だな」

「で、お前が見てその麻酔弾でどれくらいの動物を寝かせられると思うか?」

 レージの質問に答えようと、グレイスはしばし考える。

「・・・・・・そうだね。これは薬物系の麻酔弾だから、もし強力なものなら鯨くらい寝るんじゃないかな。魔獣に対してはどれだけ効くかはわからないけど、数発打ち込めば落とせるはずだよ」

 レージに麻酔弾の残骸を返す。

「そうか・・・・・・」

 少しいやな感じになってきたのはわかった。

「で、そのチップはどうする? 破壊しちゃう?」

 エイダが画面越しに尋ねる。

「いや、付けておく。グレイス、こっちの剣に付けてくれるか?」

 レージの提案に二人が驚く。

「どうしてだい?」

「もし、俺を監視しているとしたら、いつかあいつらが行動を起こすはずだ。それにこの村が魔獣に襲われたのもイディアシステムが関係しているはずだ。見つからない対獣の片割れのこともある。逆に、これを破壊してもいいが、今は向こうの策に乗るほうがいいかもしれない」

「・・・・・・なるほど。わかったよ」

 レージの手からチップを摘み、壁にある剣に貼り付ける。 

 エイダが尋ねる。

「どうしてそんなことを?」

「単に許せないだけだ。俺らを利用しているのはまだいいんだが、村の人を危険に晒してまで何かをしようとしているのが、どうにも許せない」

「相変わらず自己犠牲心が強いね」

「そういう性格だ。俺自身のことよりも如何しても他人を助けることが、俺には優先順位が高いからな」

「そうか。じゃあ、取り付けたよ。鍔の左側面。壊したいときはいつでも左手でプチだよ」

「悪いな」

「いいよ、じゃ、僕はまた部屋に戻るから」

 ドアを閉めて、グレイスは出て行った。

「さてどうするこの萌えっ子」

「エイダ、萌えっ子て」

「だって結構な美少女じゃない。人の理想系に近い顔のパーツ配置してるもん。白銀比がばっちりだし」

「白銀比? 黄金比じゃないのか」

「黄金比は約1:1.618に対して、白銀比は約1:1.4142の比率。どちらも長辺を半分にしたと声から切り分けると、きりった前と後での辺の比率が変わらない長方形というもの。ディスプレイに出すとこんな感じ」

 エアディスプレイに図形の詳細を出す。

「なるほど、Aサイズの紙が黄金比でBサイズの紙が白銀比のそれか」

「そういうこと。でもって、これは顔のパーツ配置にも言えるわけ。顔の横幅と縦幅、目の大きさ。鼻の位置と大きさ。両目と口の三角形が黄金比か白銀比に近いほど理想の顔になるわけです。ちなみに私の顔は黄金比を採用した美人顔なのよね〜」

 自分の背後に花を咲かせて、画面エフェクトを多用する。

「ふ〜ん。俺には普通のガキの顔にしか見えないけどな」

 エイダは無視することにした。

 確かの顔の形はいいかもしれないが、ただの子供の顔だ。

「まぁ〜、理想の顔ってのは全ての人の顔の平均って言われてるけどね」

「たく、人の顔をマジマジと眺めて何を言っておる」

 

 銀色の双眸を開かせ、少女が起き上がった。

 

 

 

 実験が行われていたのと同じ頃。

 小さい影は研究所を潜り抜けて、まだ稼動していない工場の中へと入っていた。

 影の名をスティルと言う。ゴーグル型のデバイスをつけた短髪の子供だった。

「広いなぁ・・・・・・」

 工場にはすでに機械が配置されているが、ロボット工場とあって広かった。

 ゴーグルで歯車を見る。自動解析でマイクロ単位での磨耗の後が見えた。試運転の後だろうか。部品の配備もされているのはそのためだろう。

AI関連の機械を作る工場なんだろうけど。本当ならこんな感じで入っちゃいけないかな」

 精密機器はチリやホコリに弱いのは知っている。ここに来るまでに滅菌室も通ってきた。が、もちろん消毒なんてスティルはしていない。しかも土足だ。

「でも〜。ここ何を作る工場なんだろう」

 機械から作れるものを読み取るなんてことはできない。できるとしてここの内装を映像として記録することくらいだ。その役目はスティルのゴーグル解析と共にしてくれる。

「しかし、社長も焼きが回ったかな〜。こんな普通の会社を調べて何か出てくるわけないと思うんだけどなぁ」

 愚痴りつつ、工場内をくまなく見て回った。特に怪しいところなんてない。あるとして、試作用か実験用のヒューマノイドが数十体置いてあっただけ。 

「実験用にしてはやけに作りがいいなぁ。でも、顔はきもちわるぅ」

 表情のない能面な顔を見て吐き捨てる。

 でもこれも、確りと映像記録に収めておく。

「さて、これでまあここは見ると来ないかな」

 一応、制御室も見ておこうかと進む。

 

 「ガコッ」と音がした。

 

 焦って入り口の方を向く。しかし、開いてはいない。それに小さな小さな音だった。耳を澄まして聞こえるかもわからない音。それが聞こえた気がした。

「・・・・・・気のせいかな」

 でも

「気のせいって思うことはたいてい気のせいじゃないっていうもんな」

 スティルはゴーグルの設定を変更した。

 視界が黒と緑のラインにだけになり、全ての障害物を透視したビジョンが映し出される。工場の全てが丸見えになった。

 そして、工場の下も。

「なんだあれ・・・・・・」

 工場の下には広い空間があった。機械らしきものもある。だが、それだけじゃない。

 檻だ。しかも大きい。そしてその大きな檻の中で何かが蠢いていた。

「・・・・・・あそこには行きたくないなぁ〜」

 スティルは直感する。あの場所は本気でやばいだろうと。

 さて、どうしようかなと考えて、入り口を見る。

 見えないはずの扉の奥の更に奥。

 人が近づいてきているのがわかった。

「やっべぇ・・・・・・」

 

 

 

「あれ?」

 二人連れの社員の一人が、工場への連絡用通路の扉が開いているのに気づく。

「どうした?」

「いや、あそこ開いているな」

 指差す先の扉が半開きになっていた。

「本当だ。閉め忘れてたのか」

「おいおい、しばらくここ使ってないぞ。試運転してから閉めてるはずだ」

「まさか泥棒か? こんな動いていない工場で何持ち出すんだ」

「だな、でも一応見ておくか」

 扉が開かれる。渡り廊下が見え、その先が工場の入り口だ。

 工場の扉に手をかけて引く。

 閉まっていた。

「こっちは閉まっているな」

「なんだよ。やっぱり閉め忘れか。確りしろよ管理者」

「泥棒が入るわけないさ。危険な森に建っているのにさ」

「まあ、ここも安全とはいえないけどさ」

 ハハハハハ

 

 閉まっていなかった扉を閉めなおした。

 

(やっばかった・・・・・・!)

 スティルはやってきた二人の社員の横を抜けて扉の外に出ていた。

 ステルス化していたから見つからずに済んだし、奥の扉も全て閉めてきた。

電子ロック系でも別室管理がまだ働いていなかったから、工場内に入り込むことができたし、出るときもあけた鍵を早く閉めていくことができた。

おかげで助かった。

(もうちょっと見ておこう。・・・…なんて死亡フラグはやだから、さっさと帰ろう)

 こういった仕事は慢心が命取りだ。命がけで情報やモノを盗むのだから、命が掛っていることを忘れてはいけない。

 適当に開いている窓を見つけて、そくささと窓に足をかけて五階から飛び降りようとする。

(待てよ……)

 入った部屋を見た。そして思う。革張りのソファーと大理石のテーブル。机などはそこまで無いにしても、室内が多少飾られている。他の部屋と比べて豪奢ではないかと。

(もしかして、社長室かなにかな?)

 スティルの思うとおり、そこは一時前にレージが応接を受けていた所長室だった。

 そこに一台のミニPCが置いてあった。この部屋の使用者のものだろうか。

「すごく香ばしい匂いがするよぉ〜」

 危険を察知する嗅覚もあれば、重大な情報を嗅ぎつける嗅覚もスティルには備わっていた。その嗅覚が今反応していた。

 自分のPCの端末をポケットから取り出して、部屋にあったミニPCに接続する。

まずは何かプロテクトが仕掛けられていないか確認する。

「何もかかってなーいと」

 次にPCの電源を入れて、中身を粗探し……はしない。

 記憶装置をブッさして、中身のデータを全部掻っ攫ってやった。

 最後に起動履歴、レジストリを削除。触ったことにも跡がつかないように細工する。

「よし、とりあえず、社長に連絡しないとな〜あと飯にしよ」

 そうして、スティルは五階の窓から飛び降りた。

 

 

      

     4

 

「妾が狸寝入りしている横でいろいろ言ってくれたな」

「寝てたんじゃないのか」

 レージが言う。確かに寝ていたはずだ。寝息と鼓動がそう感じさせていた。

 起き上がり、ベッドの縁に座る。

「寝ていないと面倒なことになっていただろうからな」

「面倒なこと?」

「ところで、お主ら妾が見えるか?」

 ?が二人の頭に出る。エイダに関しては本当に出ていた。

「普通に見えるけど?」

 エイダが答える。彼女の得ている視覚情報におかしなところはない。

「そうか・・・・・・。見えているのか・・・・・・」

 俯いた顔で密かにうれしそうにした。

「お前、名前は?」

 レージの質問に答える。

「【電子精霊】のリバティーじゃ。助けてくれた礼を言うぞ」

「レージだ。こっちはエイダ」

「よろしくね。ところで、【電子精霊】って何?」

 エイダが質問する。

「そのことなんだが・・・・・・、お主らには妾が見えるらしいからなんとも説明しづらいんだがな・・・・・・」

「見えている?」

 不思議なこと言う。

「そうじゃ。妾は生身の人間からは見えない存在なのじゃ」

「おいおい、どう言う事だ? エイダは兎も角、俺は一応人間だぞ」

 レージの言うとおり彼は人間だ。一部機械ではあるものの、列記とした人間だ。

「お主、目や脳をネットワークに繋いでいるだろう」

 レージの体にはネットワークには意識をネットに繋げるデバイスが埋め込まれている。それによって、エイダとの会話や、彼女がエアディスプレイから顔を出すことができる。

「ああ、そうだが」

「だからじゃ。妾はネットワークや機械の目を介して写り込む虚像じゃ。」

 レージがまだよくわからないという顔をする。

「しかたない。先の男はどこじゃ?」

 リバティーはベッドから降りて、部屋の外へと向かう。

「グレイスか? 隣の中央の部屋だ」

「そうか・・・・・・」

 ドアの前に立ち尽くす。

「どうした?」

「あ・・・・・・機械の扉じゃないから開けれないのじゃ・・・・・・。頼むあけてくれんか・・・・・・」

 泣きそうだった・・・・・・。

「おいおい。手があるだろう」

 そう言いつつ、開けてやるレージだった。

「かたじけない。扉を開ける振りはできるんじゃが、電子的に制御されている扉じゃないと妾はあけれないのじゃ・・・・・・」

「不便ねぇ」

 同じ電子的な存在のエイダが同情する。が、彼女の場合は実際に扉を開ける必要性なんてない。

「あの男の部屋も頼む」

「へいへい」

 ガチャリと、グレイスの部屋に入る。

 機械がそこらかしこに置かれていた。彼が持参していた奴だろうか。今は前に預けた大剣を分解して清掃している。

 リバティーはスタスタとグレイスに近づいていった。

「お、おい」

 レージがグレイスに近づいていくリバティーを止めようとする。

「うん? なんだいレージ」

 振り返るグレイスの顔にリバティーは手を翳した。横に振る。顔を叩く。頬を摘んで伸ばす。

 レージにはそうしたように見えた。

(気づいていないのか?あんなにされているのに)

「・・・・・・」

 フットワークから、右フック。ジャブジャブストレートアッパー。右左にラッシュ。脛めがけてキックキック。飛び上がって顎に飛び膝蹴りのシャイニングウィザード

「どうした?」

「ああいや、コーヒーでももらおうかと思ってな・・・・・・」

 適当に誤魔化した。

「そっちのなくなったの? ならこれでいい?」

 真新しい瓶をくれた。香美焙煎・・・・・・。

「ああ、すまない後で返す」

「いいよもらっても」

 彼の部屋から出た。閉めるドアの隙間からリバティーも出てきた。

 レージの部屋に戻った。

「ふう。すっきりした!」

 今までの運動不足と動けなかった鬱憤を晴らせて満足するリバティーだった。

 レージがその顔を掴んだ。いい感じに彼女の顔が歪む。

「おいアレは言うことだ?」

「つまり、デバイスか機械の目だけが貴女を捉えられる。デバイスを着けていない人では見えないそういうこと?」

 エイダが話を纏めた。

「そういうことじゃ、普通の人なら見えるどころか殴られていることにすら気づかん。というか実際に殴られてもいない。。本来なら妾を触ることするらできないのじゃが」

 レージの手が離れる。

 レージには確かにグレイスはボコボコに殴られていた。そう見えたのだが。

「じゃあなんで、俺はお前を掴めるんだ?」

「わからん。だがおそらくおぬしの体のせいじゃろう。体の情報をネットワークと共有しているのではないか?」

「確かにそうね・・・・・・レージの体は私が管理しているし」

 その点では体中がネットワークに繋がっていると言っても過言ではない。

「ならたぶんそのせいじゃろう。おかげであの研究所から逃げられたのじゃがな」

 レージが掴んでここまで運んでくれなかったら、本当で逃げ切れていたかわからなかった。

「研究所から森に逃げていたのか?」

「それなんじゃが・・・・・・」

 

 そのことをリバティーが詳しく話す。研究所で行われていた自身の実験と、自分がどういう存在かということを。

 

「【電霊】のあなたの特性を使って、戦争に利用しているってこと?」

 エイダが言う。

「そういうことじゃ、あの会社はどうやら妾と同じような存在を作り出す研究をしているのじゃろう。しかも、自分たちが好きに操れるプログラムとしてのな」

「戦場は情報戦が命ではあるからな。数というのは正確さが必要な情報だ。幻影を攻撃していたのなら、それは隙になる・・・・・・。そんなシステムが実現すれば戦場は変わるな」

 レージが戦場のことを考える。敵味方が判別できないような状況に成る事だってある。その中で更に見分けのつかない、居るはずのない人間と実際に存在する人間を判別する。

 現在の戦場でデバイスを装着して戦うのが主流だ。戦局の情報を瞬時に入れることは勝利には不可欠だ。

 しかし、その情報にも虚像の人間が表示されるとなると、話が変わる。虚像かそうでないかを判別するプログラムかシステムを開発、用いないとできない。

「しかしじゃ。妾としては不服でならん」

 リバティーは語る。

「妾が発生したのはそんなことに利用されるために発生したのではない。

妾に存在意味を与えてくれたモノが言っていた。妾は妾を認識してくれるものがある限り、どこだっていける存在じゃと。

確かにそうじゃ、ガラフの奴に捕まるまでは多くの場所に出現することができた。人工的な目のある場所ならどこでも。

じゃが、妾の存在意義すら奴は奪おうとしたのじゃ・・・・・・」

 悔しそうに服の裾を握り締める。

 聞いたかぎり、長いこと捕まっていたのだろうと思った。人ではないにしろイディアシステムが意識、思考を持った人に近いものを実験にしていた。それはレージにはなんとなく許せないと感じてきている。

 エイダもレージと同様だった。いや、自身がプログラムだからこそそれ以上に許せなかった。

 今の時代にはプログラムですら、生きる権利はあるはずと思っている。インターフェイスプログラムであるとはいえ、演算式を組み込んだプログラムによって感情の変化も人間と変わりない。リバティーはエイダに近い存在であるからでもあった。

「でも、それももう無理じゃろう。妾は今ここにいる。あの研究所から脱したからには奴らの研究はこれ以上進まん。散々邪魔してやったし、妾はネット上のプログラムではなく、プロフラムの意志のようなものじゃ。その妾を再現するなんぞ不可能だろう」

 リバティーが突然頭を深く下げる。

「レージ、お主のおかげで、妾はまた自由になれた。ありがとう。感謝する」

「いや、礼はいい。たまたまそうなっただけだ。それに偶然とはいえ、クライアントの仕事をぶち壊すことに成ったらしいしな・・・・・・」

「まあ、話を聞いている限り見られているわね。依頼料落ちるかしら・・・・・・」

 レージとエイダの顔が暗く沈む。

「依頼じゃと? お主らイディアシステムに雇われていたのか?」

「まあな、この村を助けるついでにな。でも、元から胡散臭い会社だと思ってたから気にするな」

「そうか、すまなかった・・・・・・」

「気にするなって、悪人に加担するほど俺にはいやなことはない」

 依頼の金にありつけなさそうだが、それはいい。契約金だけでも少しは貰っている。

「で、今後どうする気だ?」

「そうじゃのぉ・・・・・・」

 【電霊】首を捻る。

「どうやら、実験を妨害するときに自分のデータを書き換えまくったからじゃろう。そのせいで、ネットに入れんようになってしまった。じゃから、しばらくお主に憑いて行くことにする」

「ついて来るじゃないのか」

「文字通り、憑くじゃ。今の妾はお主の感覚に依存している。お主の視界と周りなら妾は存在できるからな」

 レージが天を仰ぐ。

「おいおいマジかよ。じゃあ、お前を引っ張りつつ魔獣を狩るのか? そらないぜ・・・・・・」

「安心せい。どうせ斬られても死なん。お主がどんなに動こうとそれに憑いて行くこともできる。憑いているのじゃからな」

「じゃあ、俺が寝たらどうなる? 俺はお前を認識しなくなるぞ?」

 認識できるものがなければ存在できない。そのはずだ。

「それも心配ない。お主が寝ている間も、エイダが妾を感知してくれているはずじゃ」

「まあ確かにそうね〜。レージの周りは常に察知してるわけだし」

「というわけでしばらく頼む。あと・・・・・・」

「あと?」

「うむ・・・・・・実はな、あまり自然の多いところには出現したことがないんじゃ。ここは自然がいいし、開発がまだそこまで進んでないのじゃろう? だから・・・・・・」

 リバティーが出現できるの条件化が整っているのは都市などの人工物やビルの多い場所、だから、自然物の多い場所にはなかなか出現できない。できるときは、レージやエイダみたいなものが居るときだけだ。だから

「この町の高い所で夕日でも眺めたくてな・・・・・・」

 それを聞いてレージとエイダ二人は顔を合わせた。

「仕方ねえな・・・・・・」

 面倒な事だろうかと思うが、そういう顔はしないで、レージは立ち上がった。

 村長には夕食に少し遅れると言って、外に出かけた。

 

 

 

「しっかしまいったな〜。あんなもの隠していたなんて、オレ思ってもみなかったぜ」

『まったくです。黒い企業とは聞いていましたが・・・・・・』

 スティルは避難区域にある店で買ったホットドック、ハムベジタブルサンドを頬張ってネット通信による電話をしていた。イヤフォンから声が骨振動で伝わってくる。

 電話の相手は自分を雇っている会社の社長だ。

 スティルは先に回収した情報を全てを社長に送っている。大分ヤバイ情報も映像も。

「だよなあ。セキュリティーは工場までザラだったけど、肝心なところは確りとしてやがる」

『そして、あなたの送ってくれた映像ですか・・・・・・。見たところ獣を飼っているそうですね』

「んだよ。あんな所に雇われにいく奴のきがしれないな。オレ」

『それはレージたちのことですか?』

「そうそう。別の部屋で聞き耳立ててたけど、あそこの所長は何でも利用しそうな感じだったぜ。もしかしたら、あいつらも利用するために雇ったんじゃねえかなって」

『そのことですが、心配ないでしょう。先ほど連絡が入ったのですが、契約が頓挫思想だとの事です』

「あら? ボイコットか」

『いえ、手違いが合ったらしいです』

「手違いねえ・・・・・・」

 残りの食いかけを口に入れ、コーラをズルズルと吸う。

「もう、何かに巻き込まれていたりしてな」

『ありえますね』

 否定しないのか。

「っと、そうなんか話していたら噂の人がお散歩らしいな」

 座っていたポールから降りる。

 レージが遠くの坂道を歩いているが、すぐに追いつけると判断する。

「チョッチ様子見てくる」

『ついでに挨拶もしてきてください。一応は先輩なのですからね』

 

 

 

「おおこれはいい眺めじゃ」

 リバティーは坂道からの眺めを堪能していた。

 夕日に山間が赤く、開発途中の町のビルも太陽を反射して朱色に変わっている。伸びた影が明暗差を出して、建物の白と反射光の赤が映えていた。

「こんなところでよかったのか?」

レージが言う。確かに眺めが良いが、絶景というほどではない。ありふれた夕焼けだ。だからこそ良いのかもしれない。

「今はそんなに欲はいわん。この眺めでも十分いいぞ」

「そうか」

「まあ後々世界一高い山の頂上とか、世界一深い海溝とか、灼熱の砂漠とか、極寒の大地とか、猛獣の巣食うジャングルとかも見せてもらうぞ」

「そんな極限地域に誰が行くか」

 今回の依頼で入っている森よりも遥かに命が危ぶまれるところばかりだった。

「嘘じゃ。安心せい」

 微笑みながら返す。

 と、エイダがネットでいろいろと情報を仕入れてきたようだ。

「ここ以上の夕焼けの名所ってなら沢山あるよ? 例えば経済国の島国とかよさそう」

「ここから無茶苦茶遠いじゃねえか、そんなところ行く機会は大分ねぇな」

「ええ〜。折角ゲーム狩り仲間のいる国なのに。オフ会とかできないじゃない」

 またエイダがダダを捏ねる。

「オフ会・・・・・・とはなんじゃ?」

 知らない単語だったのでリバティーが聞いてみた。

「オフラインで会うこと。まあ、今はネット上で顔を合わせるからあまり意味はないけど、実際にあって話すことよ。今日のボス狩りを手伝ってくれてた子がこの国にいるのよね」 

 世界地図が表示され、拡大されていく。GPSで詳細に相手の住んでいる自宅まで調べをつけていたエイダだった。

「だが、まずいかねえよ。あの国で傭兵会社に依頼が来るとは思えねえし、それにだな・・・」

 レージが的確に一言申す。

「常にオンラインにいるプログラムAIのお前がオフラインになることは有り得ないだろう」

 それこそ、【電霊】のリバティーのような存在でなはいと会うこともできない。

 しかし、あざ笑うかのような笑みを浮かべて、首を横に振る。

「私がオフするんじゃないの、レージがオフで会うのよ」

「はぁ?」

「実はねえ、あなたのアカウントも取ってプレイしているの。ちなみにキャラ名もレージ」

「おい?どういうことだ?」

「だから、レージがその子に会えば、オフで会うことになるでしょう? でもって私も画面上から会えるってわけ」

「・・・・・・」

「ちなみに、レージのキャラだけど前衛盾ナイト。ボス戦ではいつも死ぬまで肉壁になってもらっているわ。名誉なことね。死んだら蘇らせて、また壁になって殺されて。そうやっていつもデスペナの尊い生贄となってもらっているの!」

「エイダぁ! どう聞いても良い方向に聞こえないぞ」

 激昂とテンションとともに声量が上がる二人。

そんなを【電霊】は笑って見ていた。

「お主らはなんとも面白いの」

 どうやらしばらくは退屈せずに済むかもしれない。

「さて、帰る前に一つ山彦でも再現するか・・・・・・」

 袖を捲くる仕草をして坂の法肩へと向かう。

 息を吐き。背を反りながら大きく息を吸う。

 そして・・・

「ファッッッキューーーーーーーーーーーーーーーー!」

「ファッッッキューーーーーーーーーーーーーーー!」

「ファッッッキューーーーーーーーーーーーーー!」

「ファッッッキューーーーーーーー・・・・・・・・・・・」

120dBはある飛行機のエンジン音並の騒音という名の山彦、と思われる下劣下品な罵倒語が少女の口から放たれた。あらゆる録音機能付電子機器はその山彦らしきものを記録させられたことだろう。

「ふう・・・・・・。精一杯大声を出すのは気持ちいのぉ」

 ご満悦だった。

「しかし再現としてはいかがかな? 流石に地形情報が足りていない気がするのじゃ」

 しかし、レージとエイダが耳を塞ぐには十分過ぎる音量だった。

「てめえ・・・・・・、周りには聞こえないのをいい事に大声出しやがって・・・・・・、聞こえる見にもなってみろ」

「何でジェットエンジンと同じ音量なのぉ・・・・・・。計器が狂いそうな大声をよく出せるわよね・・・・・・」

 せめて、100dBに抑えてよ。と言うエイダだが、それでも自動車のクラクションと同じ音量はある。

「ゆるせ。電子の精霊のお姫様と言う設定を貰っている(したた)かな妾じゃが、鬱憤くらいは解消したくてな」

下賤な叫びをしておいて、どこが強かで、どのへんがお姫様なんだ。

「ところで・・・・・・」

 レージの後ろに転がっている影を指差す。

「それは何じゃ?」

 それと言われたのは後頭部を抱えて悶えているスティルだった。

 

 

 

 少し前、スティルは遠くにいるレージを追って彼らに近づいていた。

 彼らが行く先には開発途中のビルがいくつも並んでいる。坂の上り口までこのビルを迂回しながら行くのは時間が掛る。

 だが、そんなことは気にせずにスティルは真っ直ぐレージたちを追う。

 ビルの壁を垂直に登り、屋上から屋上へ。言うとおり真っ直ぐ進んでいく。

「よっっしゃ〜。これなら早く追いつけるな」

 開発途中で放置されているから、誰も見る人はいない。

 ビルからビルに飛び移り、高低さのあるビルは重力ベクトルを変化させることで、自由落下しないようにしている。高い所から低い所へは階段を下るように歩いて、逆の場合は、重力ベクトルを反転させて階段を上るように歩く。

 最後のビルの端に来た。大分地上40メートルはある高いビルだった。

 だが、躊躇なく飛び降りる。

「アイキャンフラーイ!」

 飛ぶことはできないが、滑空することはできる。スケートボードに乗るような構えで、空中を滑空してレージたちの頭上から坂道に近づいていた。

 両足に嵌めた大きめのブーツがこのような移動を可能にしている。

 落ちたら死ぬような空中で優雅にすべるスケーターの真似なんて事をしながら、ゆっくりとレージたちに近づいてきた。

「お、いたいた」

 社長にはレージに挨拶をしておけと言われたが、今はやめておくことにしよ。登場するシーンは急展開が来てからが盛り上がる。とか思っているからだ。

「でも、レージが連れている子だれだ?」

 ゴーグル型のデバイス越しに見える長い髪の女の子が気になった。

「社長が言ってたのと関係あるのか?」

 契約が頓挫した。

手違いがあった。

そんな言葉が過ぎる。

「こっそり確認するか」

 と言うことで、スティルはレージたちの後ろに回りこんだ。勿論ステルス化して。

 そのためにエイダはスティルが近づいているのを察知できなかったのだ、リバティーの大声で計器が狂ったわけではない。

 しかし、結果としてスティルがその大声で登場時期を狂わされることとなった。

 大声に驚いたスティルは隠れて降りようとしていた木の太い枝から滑り落ち、運悪く重力に負けて自由落下し、後頭部を枝殴打してステルス化を解除してしまった。

 運が良かったのは落下速度が低下していたことと、落ちた高さがそこまで高くなかったことだろうか。

 

 

 

「うごおおぉおおおおおぉぉぉぉおぉ!」

 しかしながら、後頭部の殴打。その衝撃と痛みは脳髄に直に訴えかけてくる。

 着地するなり、地面に倒れて転がるしかなかった。

 痛みが頭を駆け抜ける! 血が脈打つ! 頭が熱くなる! 視界が点滅する! 涙が滲む! おまけに耳鳴りまでする!

「おいおい大丈夫か?」

 レージが近づいて無事の安否を確認する。

 が、スティルがのた打ち回って暴れるので手が着けられない。

 暫し待つと、痛みが引いてきたのかゆっくりと動きが収まっていく。

 虫のように死に掛けて来ているためのという訳では決してない。

「ちっきしょーーー! なんだあの罵詈雑言はぁ!」

 後頭部を抑えて立ち上がる。落ちたときの衝撃でゴーグルがずれ落ちて、首に掛っていた。

「出血はしてないな」

 とレージ。

「ないわ。・・・・・・でも頭の形が変わったかもね」

 とエイダ。

 殴打位置をさする感じでは今は腫れている感じはしない。だが、後々コブができるかもしれない。

「見せてみろ」

 レージに言われて涙ぐみながら後ろを向く。

「うん・・・・・・」

 レージは自然治癒力強化の詠唱式を発動させる。スティルの後頭部に手を当てて、痛みを緩和させてやった。

「少しはよくなったか?」

 そう言って持っている治癒の紋章式術符をやった。

「ありがと。後でつかっておくよ・・・・・・」

 登場が台無しだ。と小声で呟いた。

 顔を上げてふと気づく。

 先までいた少女が目の前にいなかった。

「あれ?」

 瞬きを数度する。でも視界にはレージと画面上のエイダしか見えない。

「あれれ? そこに女の子がいなかったけ?」

と、質問すると

 

「そのゴーグルを着けるのじゃ」

 

と、答えが返ってきた。

 エイダの声でもない幼い女の声がイヤフォンから直接聞こえた。イヤフォンをしていたのは片耳だけだったので、それがいやにわかりやすく聞こえた。電話で突然話しかけられたような感じだった。

「へ? え?」

 辺りを見回しても、誰もいない。

ゴーグルをかけると見えるのだろうかと思い、試しに着け直してみた。

「よう。見えたようじゃな」

 ゴーグル越しのスティルの視界には確かにその少女が映った。

 外しして見た。

「いない・・・・・・」

 着けて見る

「いる・・・・・・・」

 外して着けて外して着けて更に外して着けて外・・・着けて―――。

「おおお! おもしれぇ!」

 目の前の少女は居るのに居ない、居ないのに居る。しかも、声はイヤフォンの着いた片耳だけから聞こえる。

スティルは後頭部の痛みを忘れるほど、面白くて堪らなかった。

少女の前に行って、ゴーグルを外してその辺を仰ぐ。しかし何もない。でもゴーグルを着けるとそこには人が立っている。

「すげえな。お前なんなんだ? オレ、スティルって言うんだ」

「スティルと申すのか。妾か? 妾はな・・・・・・」

 スティルが問いかけに答える。

「姫様じゃぅっ・・・・・・!」

 レージが無駄口を叩くその顔を鷲掴みにした。

「ハイスミマセン。まじめに話しますので、離すのじゃ」

手を解除された自称お姫様は、その後真面目にお話しましたとさ。

 

「へ〜え。すげなおまえ・・・・・・!」

「そうじゃ。つまり【電霊】である妾は唯一無二の尊い存在じゃな」

 助けた時は儚さがあったように思えたが、あれは勘違いだったとレージは確信する。

「じゃあ、イディアシステムのあの部屋に居たのはおまえだったのか!」

 その言葉に全員が戦慄する。

「お、お主イディアシステムに居たのか?」

「居たって言うよりも今日忍び込んでただけだよ」

「忍び込んでいただと?」

「そう。あの会社さ、怪しいことしているらしいから、そこのところを調べていたんだよね」

 目の前のガキがあの会社に侵入していた? セキュリティー管理はちゃんと働いていたのはエイダが確認している。浮遊式監視カメラだって確りと作動していた。

「どうやってあの中に忍び込んだの?」

 エイダが尋ねる。

「ステルス化して入った。て言ってもわからなっ、あーーー!」

 突然スティルが叫んで左を指差す。

 反射的に、レージたちは指を指された方向を向いた。

 草花が一つ咲いている坂道の上り側が見えただけだった。

「何にもなのじゃ」

「もう、驚かさな・・・・・・」

 元の方向を向いたエイダが更に驚くことになった。

「いないな・・・・・・」

 レージたちの前からスティルが消えていた。

 直ぐにエイダがいろいろな方法で探した。

「超振動レーダー、マイクロ波、赤外線探知、生物感知システムからも消えているですってえええええ!」

 本気で信じられないらしくエイダが頭を抱えて絶叫した。

 探査や察知を得意げにしていた事もあり、余計にショックだったろう。

「そんなに叫ばないでさ。今のところ一歩も動いてないんだけどぉ?」

 スティルはそう言って、元いた場所にまた突然現れた。

「ね? 動いてないでしょう?」

 口角を上げて笑ってみせる。

「すごいな。どうやって隠れているんだ」

 レージが問う。

「簡単さ。俺の周りに振動を逆位相で反射する膜。その外側に光を透過させる膜を演算式で作っただけだよ」

逆位相。光や音は波であり、波形がある。それらの波形に対して、同じ形で上下左右に反転させた形の波の事を言う。

「来た振動は逆位相の振動によって打ち消されて反射波を感知することがない。と言う訳か」

「そう。だから、赤外線、紫外線、マイクロ波、などの波を使って感知するシステムではオレを見つけられないんだよ」

 生態感知システムも生物の放つ微弱な振動、生態振動を捉えるものだ。

対象から発せられる振動も膜に反射して感知する機器へとは届かない。

「まあ、でも弱点はあるよ。熱感知とか、重量感知とか。あと魔法感知に引っかかると一発アウトだね」

 カメラ監視しか配備されていなかったからこそスティルはイディアシステムの所内に入り込めていた。

 しかし、何故こうも秘密を話すのだろうと、リバティーは思った。

「でも、そんなことを話していいのか?」

「どうせ、既存の術式だし、言わなくても、そこのねーちゃんが探り当てちまうさ」

 そう言われている最中も、裏でガンガン検索をかけているエイダが居たりした。よっぽど知らないのが悔しいらしい。

「でも、リバティーほど完璧じゃないよ。肉眼じゃ見えないし、触れもしないわけだしさ」

 デバイスを掛けなおして、リバティーを見る。

 エイダの検索の手が止まる。

(完璧・・・・・・、肉眼で見えない。触れられない)

 何かが彼女の思考回路に引っかかった。

「そうでもないのぞ。赤外線も紫外線も、熱感知にも、監視カメラにすら映ってしまうぞ」

「自慢げに言うな。それ全部欠点じゃないか」

 レージがリバティーに突っ込む。

 リバティーが言うことをデバイスの視覚情報を変更して確かめるスティル。

「だが、何で調べている?」

「それは・・・・・・」

 「あ」音の形で口が止まる。

 デバイスを弄くって透過視野に変わったとき、この坂の反対側から近づく集団を見つけてしまった。

「それはまた今度、ヤバイのが近づいてるからオレは先においとまするよ! レージ気をつけてね!」

 そういうと、身を翻して坂のガードレールを飛び越える。

「おい!?」

 レージが追いかけて、ガードレールの先を覗き込む。

 直ぐステルス化したのかすでに見えなくなっていた。

「ヤバイのってなんだ・・・・・・」

 と振り返ると、微かな殺気が押し寄せているのが肌から感じた。

「レージ! レーダーにこっちに急速接近している影が・・・・・・!」

 そう知らせるエイダの声も遅く。爆煙が残った三人の周りを包んだ。

 

 

 

 

            5

「畜生!どうなってやがる」

 視界が霞む。直ぐに視界情報を変更して、煙幕でも襲撃者の位置が見えるようにする。

「何がどうしたのじゃ」

「襲撃だ。ここからかは大体見当はつくがな」

 おそらくイディアシステムの関係だろう。なくしたものを取り返しにきたのだろう。

 しかしそれにしては手が荒すぎる。

 そうレージが思うことをエイダも思っていた。

「おかしいわ。イディアシステムにこんなことできる様な人間は居ないはずなのに!」

 調べつくしている社員名簿にはプログラマーと研究者と各管理者くらいだった。軍人流れとかで多くが構成されても居ない。

「じゃあ人間じゃねえってことだ」

 煙幕が薄れてく。そこに・・・・・・

 

 武装と防護をしているヒューマノイドが、マスクの中から能面な顔を覗かせていた。

 

「そういや、軍事AIを開発している会社だったよな・・・・・・」

 レージが苦笑いする。

 軍事AI。まだ稼動していない工場。戦闘データの回収。

 そして、目の前に居るヒューマノイド。

「あの工場ってこいつら作る所だったの!」

 エイダの言葉を遮る様に攻撃が繰り出される。

「くそ!」

 悪態をつく暇もない。銃弾が雨となって襲ってくる。

 しかも、こっちは短時間の外出予定だったから、大剣を部屋に置いて来てしまっている!

 後退しつつ、エイダのアシストの演算式と自身の簡易詠唱で戦闘強化を図る。

 詠唱の最中過ぎる思考。レージは思う。

 大剣にチップがつけてあったはずだと。

 

なら民宿は・・・・・・

 

「余計なことを考えんじゃねえ!」

 言葉に出して自分を叱咤する。

マナ消費タイプの拳銃を懐から取り出し応戦する。

 弾数に制限はないが、拳銃内に蓄積しているマナと自身の持つマナが尽きれば、その時点で終りだ。それまでに戦いを終わらせないといけない。

 しかし、いくら視覚情報を補っているとはいえ、煙幕が濃くて迂闊な行動はできない。

 おそらくこの視界ではリバティーは周りが見えないだろう。

「レージどこにおる! 何も見えないぞ」

 案の定だ。

 しかし、リバティーに物理的な攻撃もおそらく魔法攻撃も効かない。それが唯一心配しなくていいことだ。

「エイダ! リバティーの位置をわかるか」

 情報を求める。

「左よ!」

 近づいてきたヒューマノイドの顔に拳を叩き込む。頭をぶち壊したから良かったが、その機械の手に電熱コンバットナイフが握られていた。

(殺しにかかってるな)

 しかも、攻撃敵数が二十人もいる。

 ここはリバティーを連れて直ぐにでもここを離脱するのがいいだろう。

 レージはリバティーの所へ、煙を突っ切って走る。

 着弾の音が後ろから聞こえるが気にしてはいられない。

 視覚に彼女の位置情報が載っている。それを頼りに近づけばいい!

 

 ノイズが視界に入る。

 

 リバティーがヒューマノイドに腕を掴まれるのが見えた。

 その瞬間に視覚情報が掻き消える。

「これは! ジャミ」「「「「「「「「「」」」」」」」「「」「」「」」」」「

 エイダの画面が砂嵐となり、声も聞こえなくなった。

「くそ、電波妨害か!」

 生身の人間なら意味がない攻撃だったろう。だが、レージのようにネットワークから支援を受けて戦う者に対しては効果的に作用した。

 エイダの支援をなくし、更にリバティーの位置を見失った。

「何をするのじゃ! 離せ!」

 しかし、幸いなことにリバティーの声は聞こえた。その声のした方向を頼りに彼女を探す。

 だが、それすらも阻まれる。

 煙の中から三体のヒューマノイドが突進してきた。

「ちぃ!」

 機械の左腕で攻撃を受け止める。金属が金属に突き刺さる音と、ヒューマノイド三体分の重量が彼を襲う。

 そのまま、ガードレールを突き破ってヒューマノイドもろとも転落した。

「レージ!」

 機械の腕に掴まれて、リバティーは動けない。

「くそ! 何故じゃ! 何故お主らは妾を掴めるのじゃ!」

 もがけど、どうにもならない。

 そして、彼女の前に絶望が見える。

 【電霊】を閉じ込めていたガラスケージが・・・・・・

 あそこには入りたくない。

あの場所には行きたくない。

 

あんな目には二度とあいたくない!

 

「レージ助けてくれ! レージ!」

 救い手の名を呼ぶ。何度も叫ぶ。

しかし、その声は届かない。

 絶望の檻が【電霊】を閉じ込めて連れ去っていった。

 

 

 

「くそがあぁああ!」

 レージが立ち上がる。

 坂から転落したが、落ちていく間に、二体のヒューマノイドの顔を掴み、一方を下敷きにして、着地のクッションにし、もう一方は斜面に頭を押し付けて、ブレーキにした。

 地面に倒れたヒューマノイドが立ち上がろうとする。

 その頭を踏み潰す。

 腕に掴んでいるヒューマノイドが、摩擦でガタガタになった顔をカタカタと向ける。

 再び斜面に叩きつける。

「おらああああ!」

 ナイフが突き刺さったままの左腕でその顔面を粉々に砕いた。左の傷から液が飛び出る。

 ちくしょう! ちくしょうが!

 頭を失って、ズルズルと崩れ落ちるヒューマノイドを必要に殴りつける。

 視覚情報に、エイダが再リンクしてきた知らせが映る。

 電波障害から復帰したようだ。

「レージ! 大丈夫!?」

 自動展開したエアディスプレイからエイダが安否を問う。

 エイダが顔を出した時には一体のヒューマノイドが原型なく分解されていた。

「はぁはぁ・・・・・・。ああ怪我はない」

「嘘! 左腕にナイフが刺さってるじゃな!」

「そんなことはどうでもいい!」

 エイダの言葉を遮り叫ぶ。

「追うぞ!」

 レージが駆け出そうとする。それをエイダが止める。

「待って! 武器もない、腕も怪我しているのにあいつらを負うの!?」

「だが・・・・・・!」

「だけどじゃない! 怒っているのも分かるし、あの子を助けたいのも分かる。でも! 今は落ち着いて」

 数値的にも彼の心拍数や血圧が上昇しているのが分かる。頭に血が上っているのを抑えてやらないといけない。

「まず、民宿にもどりましょう。グレイスと村長がどうなっているか分からない。民宿に大剣を置いてきたってことは、チップを目印にして先に襲撃しているかもしれないでしょう?」

 エイダの言うとおりだ。民宿が襲われている可能性だってなくはない。それに、一度戻らないと武器すら手に入らない。

「・・・・・・わかった。民宿に向かおう」

「ええ! グレイスには先にネットから通信してみる!」

 足早に二人は民宿へと向かった。

 

 

 

「ちょーヤバかったな・・・・」

 まさか工場にあったヒューマノイドが襲ってくるとは思わなかった。

『スティルどうしたのです?』

 社長に通信をして報告をする。

「レージたちが工場にあった人形に襲われてたんだよ。俺は戦闘向きじゃないから、先に逃げたんだけどさ」

『襲われた!? で、彼らは?』

「いつもの武器は持ってなかったみたいだけど、退けたよ。でもリバティーがさらわれたみたいだ」

『リバティー? だれですか?』 

「【電子精霊】ていう現象で生じた女の子。レージたちの話だと、あの会社はその子を実験にして新しい開発をしていたってさ」

『【電子精霊】ですか。どこかで聞いたことありますね・・・・・・。まあいい。

 とりあえず、レージを引き止めに行っておいてください』

「引止めに? なんで?」

『彼の性格じょう血が上っているでしょうね。助けを呼んでいる子を連れ去られたとなっては、自分で自分が許せないでしょう』

「うわ・・・・・・なんつう面倒な性格してるのかな、先輩は」

『だから、私の会社に入れたのです。私はその間、理由付けをしないといけませんから。よろしくたのみますよ』

 

 

 

「遅いねえ」

「まったくです」

 トマトのエキスで真っ赤に染まったボルシチを啜り、グレイスと村長が一階にあるテーブルにて夕餉を始めていた。

 先刻出て行ったレージには悪いが、先に食事をしていようとグレイスが提案したので、村長も賛同して、今夕餉の食事に箸を、いやスプーンをつけているところだ。

「しかし、絶品です。トマトの味わいがよく出ているのに、臭みがない」

「わかりますか? この地域で取れた新鮮なトマトをフルーツと一緒に煮込んだからだぜ。これでも昔は一流ホテルで働いてたんだ」

「なるほど、シェフを経験されていたのですか?」

「いやホテルマンだ。料理の知識は同僚の厨房係りに教わった。あと、レシピも退職時にもらってきたんだよ」

「貰ってきたのではなく、くすねたの間違いでは?」

「ばれちまったか・・・・・・!」

 ハハハハハと楽しい笑い声が一階に充満した。

 

 と、開き始めた自動ドアを無理矢理手動でこじ開けて、レージが飛び帰えってきた。

「はあ・・・はあ・・・」

 大分急いで帰ってきたのか、レージは息を切らしていた。

「おいおいどうした? そんなに切らせて」

 と、暢気にボルシチを啜るグレイス。

「左腕に何か刺さっているぞ! 大丈夫か!」

 と、慌てる村長。その村長を諭すようにグレイスが言う。

「大丈夫。左腕なら何を刺しても痛くはないですから彼。何なら刺身包丁でも突き刺してみますか?」

 無駄口を利いてエイダは気が抜けた。

「もう、連絡が取れないから襲われてしまったのかと思ったじゃない!」

 連絡が取れなかったのは、夕食に降りてきていて、部屋に居なかったからだ。

「襲われてた? 僕たちが?」

 グレイスがレージの左腕に刺さったナイフを見る。

(熱で傷口が融解している・・・・・・)

「どうやら何かあったらしいね」

 事が重大な方向に向かっている。それをこの場の全員が知ることになった。

 

         

         6

 

 

 

 また、この中だ・・・・・・。

 妾が好き勝手にネットを介して色々な場所に現れていた時も、この中に閉じ込められた。

 偶然ここにとんだ妾はネットへのリンクを切られ、逃げ場を失った。今もネットへと逃げ込むことができない。

 誰からも見えない。誰からも聞こえない。それが妾。

 だから、

 誰にも助けを請えない。誰にも声はどかない。それが妾。

 唯一の希望はあの男だけ。

「早く助けに来てくれんか・・・・・・、レージ」

 

 

 

 村長が気を利かせて、マグカップにボルシチを注いでくれた。

「【電霊】の女の子を助けて、外に連れて行ったら襲われて、その子をさらわれたわけか」 

 要約するとこんな所だろうとかと、グレイスは呟いた。

「いくら近場に外出するとはいえ、剣を忘れて出かけるなんて、馬鹿だね君は」

 罵倒をしながらも、左腕の修復は確りとしてくれていた。

「でもって、焦ってるね。でもダメだよ。その子を助けたいのは山々だけど、不完全なメンテナンスでは送ることはできない。よりによって腕の中を抉られているんだ。擬似筋肉がズタズタで液も漏れている。これじゃ無茶をすると直ぐに左腕が使い物にならない」

 グレイスの手が紫色の液体でベタベタになる。しかし、手を休めずに修理を進めていく。

「あいつら、どうやってリバティーをさらったんだ・・・・・・」

「それに関しては僕の推測だけど、ようは君と同じように機械を埋め込んで視界を強化していて、かつ体の管理もしている人間なら可能だよね。

 つまり、君のような人間のようなモノ・・・・・・彼らヒューマノイドならその子に触れることも可能かもしれないね」

 レージが拳を握る。

「そして、その子はレージとの結びつきが強かった。それを剥がすためにジャミングを仕掛けた。彼らはヒューマノイドなのだから、電波障害で自滅しないように防護服を着ていてもおかしくないよ」

「でもおかしいわ。レージを追ってくるなら、発信機のチップを頼りに襲ってくるはず。でも、武器を置いていたここを襲わなかった」

 エイダが言う。二人がここに急いで戻ってきたのも、民宿が襲撃されているかもしれなかったからだ。

「それは分からない。もしかしたら別の方法で監視していたのかもしれない」

 別の方法。それが何かまでは分からない。

「早く修理は終わらないのか・・・・・・」

「配線を終えたらね」

 タオルで手を拭く。白かったタオルが色つきになると、投げ捨ててまた修理に掛る。

「イディアシステムに行くきだろう? あの子を助けに」

「ああ、だから早く腕を・・・・・・」

「で、居るかもわからないその子のために暴れて、どうする気だ?」

「なに!」

 グレイスの言葉に突っかかる。

「確かにあの会社。いや企業は限りなく黒に近いよ。でも黒じゃない。【電霊】と言う少女が誘拐されたから、その子を助けるために暴れた。なんて、誰がそんなことを信じてくれる? 人に見えない子を助けたとして、君はただの犯罪者にしかないよ」

「なら諦めろと!」

「できれば諦めてほしいかな。言っても無駄そうだけどさ」

「だが、ヒューマノイドから襲われたぞ」

「どこのヒューマノイドに? イディアシステムのものか? 武装しているから何か問題あるのかい? 君だって武装している。 実験のことだって非人道的かもしれないけど、犯罪と呼べるのかい?」

「魔獣がこの村を襲っていたことはどうなる? あそこのせいだと言えなくもないぞ」

「それこそ当て付けさ。その証拠は無いよ」

 レージが歯噛みする。

 確かに、証拠も無い。あのヒューマノイドがイディアシステムのものだとも限らないし、しらを切られたらそれでおしまいだ。

 だからといって、このままではリバティーを助けに行くことはできない。

 どうする・・・・・・、無理矢理乗り込んで助け出しすか。だが、その後どうする? お尋ねものにでもなるか?

 どうしたらあいつを助けられる!

「それならいいことあるよーん」

 窓からスティルが入ってきた。

「やぁ無事逃げれたみたいだね」

レージがすごい形相でスティルに近づき、その胸倉を掴み上げる。

「てめえまさか!」

 スティルは隠れた後、ヒューマノイドが襲ってきた。その前もステルス化して後ろに隠れていた。なら・・・・・・。

「誤解だよ。オレだって危なかったんだから!」

「じゃあ何であの場にヒューマノイドが襲ってきたんだ!」

「知らない。でも、アレがどこで作られていたのかは知ってるよ」

「何!」

「イディアシステムの工場だよ。あの中で確認したから間違いないよ。

 だから、降ろしてくれない? いたいけな女の子の胸倉を掴んでるのは・・・・・・」

 と顔を赤らめながら彼女が言う。

「・・・・・・、え?」

 パッと手を離す。スティルが尻から落ちる。「キャ」とか言ったのは幻聴に違いない。

「女だとぉ!」

「痛ったいなぁ・・・。お尻の形が変わるよ」

 お尻を摩りながら立ち上がる。

「で、いいことってなんだい? スティル」

 グレイスが質問する。

「おいグレイス、こいつのこと知っているのか?」

「知ってるも何も同じ会社の社員だよ」

 グレイスと同じ会社の社員。つまり、レージと同じ会社……。

「このガキがぁ!?」

 スティルを指差して叫ぶ。

「ガキとは失礼な!」

「でも事実だよ。この子は最近入った情報収集役」

「ツーわけでよろしく」

「なんでこんな子どもを起用したんだ。うちの社長は」

 思ったことが口から出てしまう。

 紛いなりにも、傭兵会社ではなかったか? 自分の会社。確かに便利屋みたいなことも依頼として請け負っているが、危険な仕事が多いのに、こんな子どもを雇っていて大丈夫なのか。

「失礼ですねこの先輩。せっかくいい情報もってきたのに」

 頬を膨らましてそっぽを向く。不機嫌さを装ってレージが食いつくのを待つ。

「いい情報だと」

 早々に食いついてきた。一瞬にやけて、彼のほうを向き直る。

「そう。いま社長があの会社に乗り込めるよう手はずを取ってくれているんだ〜」

「本当か!」

 スティルの言葉にレージが食いつく。スティルの予想通りの反応だった。

「本当だよぉ。スティル嘘ツカナイ」

「でも、どうやって? 僕らは警察とかじゃないのに」

 グレイスが訊く。こっちから手をあげれば悪くなるのはこっちだ。

「あの工場に侵入した時に、内部の映像を取ってきたんだ。そしたらなんと! あの工場の地下で何かでっかい獣を飼ってたんだよ!」

「でっかい獣? どれくらいの大きさだ?」

「うーん、体長10メートルくらいじゃないかぁなぁ?」

 それを聞いて、レージはまさかと思う。その大きさの獣とはあいつの事じゃないのかと。

「まあでも、それだけじゃダメだよねー。結構危険な動物を使っていても生態研究のためとか言われたらおしまいかもだし〜。だから、ついでにこんなものも見つけてきましたー」

 と言って、スティルがエアディスプレイを展開する。

 画面に表示されているのは出荷簿記だった。

「出荷表? あの工場まだ動いていないだろう? なのに出荷・・・・・・」

 まさか!

「ヒューマノイドの出荷表か!」

「そうだよー。しかも何処に納品していると思う? なんと! 条約で輸出の禁止されている新生国だよ」

 新生国とは近年誕生した国で、誕生と共に周辺国に侵略戦争を吹っかけたために、経済制裁として世界的な条約によって、物資の輸出を禁止されている。この村を統治下に治める国もその条約にサインをしている。

「じゃあ、密輸しているのか!」

「だね〜。しかもいい値段で売って、掃討儲けているみたいだよーん」

 軍事用ヒューマノイドの密輸。それを裏付ける出荷表に生産現場の工場の映像。

 このネタは国際問題に発展しかねないものだ。これを元にイディアシステムを揺するか、それともこの国に情報を売りつけて、国権で会社を潰させることもできる。

「それで、この情報を使って何処と交渉しているんだい?」

 グレイスが訊く。

「やはりここは国に突きつけるんじゃないか?」

「うんうん」

 スティルがレージの意見に対し首を横に振る。

「もっといいところ。だってさぁ」

嫌な笑顔で答える。

 いい予感はしないが、社長はまともなはずだ。そうであってほしいものだ。

「ところで、エイダが大分見当たらないな」

 グレイスが言う。

「ホントだ」

 さっきまではエイダの画面が開いていたが今は閉じて見当たらない。

 レージが彼女に呼びかけてみる。

「エイダ、どうしたんだ?」

 数秒後、エイダがエアディスプレイを展開して顔を出す。

「ちょっとね、思い当たることがあって調べてたの。ちょうど【電霊】のことを知っている子がいたからその子に話を聞いていたわけよ」

「何か分かったか?」

 真面目な顔をして、首を縦に振る。

「うん。やっぱりあの会社リバティーを使って相当ヤバイことをしようとしているみたい……」

 確かにそうだろう。でなければ、レージからリバティーを取り返すだけに殺しに掛るような襲撃はしないはずだ。

「それと……」

 更にエイダが付け加えて言う。

「あの子を助けられる方法も分かったわ」

 

 エイダは知りえた情報を皆に話した。

「じゃあ、レージが助けに行くだけでいいんだ」

「で、どうする? レージはあの子を助けにいきたいんでしょう?」

 エイダが助ける方法を見つけてくれた。だが、本当にそれで助けられるのだろうか?

 いや、考えることではない、やるしかないだろう。

「修理が終わったよ」

 グレイスが、修理した左腕をレージに装着する。

 しかし、修理した腕には帯熱ナイフで切られた痕がまだ残っていた。

「金属の裂け目までは修復できなかったから、無理はできないよ。でも中の方はちゃんと直してるから」

 腕の感覚を確かめる。確りと力が指先まで伝わることを確認する。

「十分だ。これでやれる!」

 左手を深く握り締める。

「じゃあ、助けに行くのね。サポートするわよ」

「いいのかエイダ、ここからは犯罪の片棒になるぞ? そうなったらお前のデータは・・・・・・」

「大丈夫よ消される前にバックアップとか、データ移転をしてやるから。それに」

 気丈にエイダが言う。

「助けた子を目の前で浚われたままなのは嫌じゃない?」

 それは、レージの心を代弁しているのか、それともエイダの気持ちなのか。

 対し、レージは頷くだけだ。

「そうだな。じゃあ、このまま強制辞職になるがいいな?」

「どうせもとから給料なんてないわよ。私には!」

 エイダの言葉を聴いて、笑う。

レージは装備を整える。

 紋章陣を刻んだ手袋を嵌め、懐の拳銃にも装填を済ませる。

 背に大剣を負う。

 後は助けに行くだけだ。

 ここに居る誰も彼を止めようとは思っていない。どうせ、止めても無駄だと分かっていからだ。

「ん? ちょっと待って」

 それでも引き止めるやつはいた。

 肩耳につけてイヤフォンに手を当てて、スティルが一人話し始める。通信が入ったらしい。

 しばらくすると、話が終わったのか、当てていた手を離す。

 スティルはレージとエイダの方を向いて言った。

「お二人さん。辞職する前にお仕事だよん」

 その口は大きく口角が上がっていた。

 何かと訊くと、仕事内容が明かされる。

 

 

レージは返事一つでその仕事を請けることにした。

 

 

 

 

 

 ―――数分前のエイダの会話ログです

 

 

―――エイダさんがログインしました。

アル  ¨ちわーっす

エイダ ¨ちわー

アル  ¨早いですねえ。ボスはあと3:27:02ありますよ

エイダ ¨それがねえ、立て込んじゃって

エイダ ¨もしかしたら行けないかも 

アル  ¨なんですてぇー!

アル  ¨じゃあ、素敵な5キャラ後方支援と前衛壁なしであのボス倒すんですか!

エイダ ¨ごめんね〜でも10キャラ同時操作できるアルちゃんなら大丈夫でしょ。

アル  ¨うーん・・・・・・、結構回復注ぎ込まないとキツイDEATH

アル  ¨でも急にどうしたんですかぁ? 

アル  ¨仕事中にでも駆けつけるエイダさんが、ボス狩りをキャンセルするなんて

エイダ ¨チョーット仕事で危険なところに突っ込むかもだから、時間までに戻れそうにないのね

アル  ¨悪の組織のアジトに突入! ですか?

エイダ ¨大体そんなところー

エイダ ¨ところで、アルちゃんに訊きたいんだけど

アル  ¨なんでしょ?

エイダ ¨ネットを探して見つけたけど、アルちゃん【電霊】の提唱者だってね

アル  ¨【電霊】ですか。まーた懐かしいものがあります。

アル  ¨そうですよー。第一観測者にして【電子精霊】の発生現象論文。あれを出したのはアルでア〜ル!

アル  ¨で、どんな御用達で?

エイダ ¨訳あってその【電霊】を相方が助けたがっているの

アル  ¨うわ〜、また難儀な相方ですねぇ・・・・・・

エイダ ¨そうなにゃのよ。

アル  ¨にゃのですか。

エイダ ¨にゃので、第一提唱者のアルちゃんにご教授願おうかとおもってね

アル  ¨OK おまかせあれ〜

アル  ¨でも、どんな感じで捕まってるんですか? 

エイダ ¨話によると、外部ネットと接続していないLANかスタンドアローンのPCを使って、特殊ガラスの檻に閉じ込められているみたい

エイダ ¨それで発生できる場所を限定させられていたとか。

アル  ¨へ〜。そんなことができるんだぁ

アル  ¨でも、それならかんたーんに助けられますね

エイダ ¨本当に!

アル  ¨ホントーですよ【電霊】を見える人がいればですけどね

エイダ ¨え? それだけでいいの

アル  ¨それでいいのだ〜。

アル  ¨【電霊】は実体がないから、物理的な再現はできても、物理的な干渉はできません

アル  ¨そして、再現は見た人の意識と【電霊】自身の意志によって変わります

エイダ ¨つまり、檻なんてもとから意味がないと?

エイダ ¨でも、あのこドアにも触れられなかったわ

アル  ¨触る必要なんてないんだよ。だって、実体がないんだし(’’’’’’’’)

エイダ ¨あ・・・・・・!

アル  ¨でしょ〜。たぶん見ている側も【電霊】もリアルを意識しすぎているんだよ

エイダ ¨じゃあ、彼女が檻を抜けられると思えば抜けられる

アル  ¨うん。逆に敵は「お前はここから出られない!」って思い込ませているのかもね

エイダ ¨ありがとう。これであの子を助けられるわ!

アル  ¨どういたしまして!

エイダ ¨それともう一つ

アル  ¨?

エイダ ¨【電霊】は完璧に見ることも触ることもできない存在なのよね

アル  ¨普通の人ならね

エイダ ¨しかも、ネットに繋がっているカメラや計測器を通じて何処にでも存在できる

エイダ ¨なら、条件さえ満たせれば、強いFWやブロックが掛っている場所でも?

アル  ¨そうですね。例えどんな防壁を張っても【電霊】は現れます

アル  ¨だって、【電霊】はウィルスやスパムではないですから。ただ何かに写りこむことで現れる間接的な存在なだけです

エイダ ¨そうか・・・・・・じゃあもしかして、

エイダ ¨あ、レージが呼んでいるから抜けるわ

アル  ¨りょーかい

エイダ ¨アル先生! ご教示ありがとうございます

アル  ¨あい。 しっかりとその子助けてあげてくださいね

アル  ¨わたしもプログラム的な存在だから、同じような子が悪いことに使われているのは悲しいですから

エイダ ¨私もよ。とくに、目の前で助けられないのはね

 

―――エイダさんがログアウトしました。

 

 

 

 

      7

 

 ノイズが絶えない。

 ノイズは痛みを生んだ。

 ノイズは彼女にとって痛覚としいて定義されていた。

 ノイズを見ている側が彼女にとって苦痛なものだと思い込んでいる。

 だから、リバティーは間接的に苦しむこととなる。

 

「出せ! 出すのじゃ!」

 リバティーがガラスの窓を叩く。

 しかし、それを誰が見ているわけでもない。ただカメラがそれを映像として写しだしているだけ。

 カメラにはシステムを介して映像にノイズが断続的に入るように細工がされてある。また一台のカメラはパソコンに繋がれ、映し出された人物の表情から不快指数を割り出すプログラムを起動させている。更にそのプログラムの指数表示値を0~100ではなく100固定にしてある。

 そって、観測側のカメラから映し出される彼女の映像は苦悶に満ちたものとして、再現されていた。いや、させられている。

「ちくしょう! 痛いよ・・・・・・ 助けて! お願いじゃ!」

 嗚咽と悲鳴と懇願は誰にも届かない。もとより聞こえない。

 昼間に自身の存在プログラムを変化させたときに、ノイズが痛みと定義されたのか、頭が腕が、体が、全身に、ノイズの走る部分から痛みが再現される。

 逃げようにも今はネットへと逃げることが出来なくなっている。

例え逃げようとしても、ネットワークはこの室内のローカルエリアに限定されているだろう。逃げ場なんて無かった。

だから、悲願するしかない。誰かが声を聞いてくれるしかない。

目の前のガラスが憎い。自分を囲うのが憎い。

それでも助けを求めるしかない。

死ぬほどの痛みが襲う。死と言うものがプログラムされていない彼女には死ぬことが許されない。気絶も寝ることも再現できても、意識は続く。永遠の生き地獄。

消えてしまいたいと思う。

「消えたくないのじゃ・・・・・・」

 吐き出された言葉は心を否定していた。

 

 

 

 負荷の実験だった。

 結局森での実験では【電霊】のより鮮明な実体化には成功したものの、周辺機器からの観測ではいいデータが入らなかった。

 しかし、あの実験で高負荷時に【電霊】が自らの情報を変化させ、周囲の情報端末に影響を及ぼした。おそらくここに、求めるもののヒントがあるのかもしれない。

そうガラフは考えていた。

そして、同時にデータの入らなさに苛立っていた。

【電霊】を捕まえてから大分立つが、成果がでない。

 未知のものへの実験研究と言うのは大方そんなものではあると知ってはいるが、今日は劇的な変化があったのに、その変化と及ぼされた影響についてのデータが全くもって収集できていなかった。

 しかも、一度は【電霊】を盗まれることになった。監視が甘かったことも腹立たしい。

 つまり、この実験は彼の腹いせも兼ねられている。

(しばらく苦しませれば、逃げようとは思わないだろう)

 言うことを聞かない実験動物に罰を与えるような気分だ。だが、苛立ちが収まらない。

「所長、変化が一向に現れません」

「つづけなさい。昼間の実験のような何かがあれば、見逃さずに計測するのです」

「は、っはい」

 所長とは言え一企業の社員だ。成果が出なければ特別にこの施設の主とは言えど、切り捨てられる。その焦りもある。

 この実験で得られる成果は莫大な儲けをもたらす。それどころか、国家権力の首に手をかける事だってできる。

 博打だ。ローリスクハイターンの―――。

 それ故だろうか。まだ今一歩のところで、勝利の鍵を掴めない。

 焦りと苛立ちがガラフの中に渦巻いていた。

「やはり、LANでの実験はだめか。いや、逃げられる危険性がある。やはりここは大衆の認識下に晒すのが一番だろうか・・・・・・」

 昼間の変化。レージが現れたとき、森での実体化が不十分だった【電霊】が最も鮮明に観測された。かつ、あろう事か、人が【電霊】に触れるという現象まで起きた。

 ここにヒントがあるのだろう。

 これは次の実験の参考になるかもしれない。

 しかし、あいつが邪魔だ。

 レージ。

 魔獣の殲滅に村に派遣された傭兵。しかも一人でだ。

 森は人が恐れて入らないことを利用して、上空からナノマシンを散布して実験場にした。所を襲う危険な対獣もヒューマノイドを使い、麻酔をかけて捕縛した。

 対獣の生体実験は次いでだ。ああいった危険な生物もうまく操れるようになれば、それはいい軍事開発と言える。

 魔獣が森から出て暴れ出したのは好都合ではあった。森から人が遠ざかったおかげで日中でも実験ができた。

 だが、善人ぶって、格安の依頼を受けて森の魔物退治をする奴が来ると知った時は、嘘かと思ったが。それはそれとして利用する価値もあった。

 捕縛した対獣と戦わせることで、双方の戦闘データを収集し、ヒューマノイドの開発に役立てる。魔物狩り専用のヒューマノイドも需要はある。

 対獣は生体実験で強化してあった。体内にマナを大量に注入し、変異させたものを送り出した。後はあいつが、森の中で一人喰われれば良かったのだ。

 まさか、一人で倒すとは・・・・・・!

 それだ。それが一番の誤算だ!

 その後に実験のことを嗅ぎつけたに違いない。

 発信機のチップが民宿にあるのに、森に現れたこと。

 実験場に現れる前の動きもナノマシンのデータから見て、ヒューマノイドたちが対獣を捕縛したところに訪れていたようだ。

 あいつはワシの富と名声を台無しする!

襲撃を仕掛けて、【電霊】を取り返したはいいが、奴の始末は出来なかったようだ。

 早く消すべきだ!

  

 緊急ブザーが鳴る。

「所長! 正面玄関から進入者です」

「慌てるな。実験を続けなさい。監視カメラの映像をモニターに」

「は、はい!」

 玄関前のモニターの映像が再生される。

 正面から堂々と進入してきたものの顔を見て、ほくそ笑む。

「好都合・・・・・・、好都合! 好都合だ!」

 ガラフは喜ばずにはいられなかった。なぜなら・・・・・・。

 今こそ目頭のコブを取るチャンスが訪れたと思えたからだ。

 

 しかし、この時、彼の勝利の鍵は失われていた。

 

 

 

 ガラスの自動ドアをぶち破って、エアライダーが所内へ侵入してきた。

 営業はすでに終了している。普通に入ろうとしても開かないのは分かるが、何故こんな入り方をしたのか。

 単に面倒くさい。それだけだ。

 村から、歩いてここに来るのも面倒くさい。単車から降りて閉まっているドアを開けてもらいにいくのも、面倒くさい。

 どうせ壊す建物だ、ドアが先に壊れようと後に壊れようと、同じことだからだ。

「解体業者が到着しましたよ〜」

 エイダが通知する。だが、所内はすでに暗い。労働時間はとっくに過ぎている。

「返事がありませんね」

 返事の変わりに警報が響く。

 単車を止めて、エンジンを切る。

「あら、かっこよく所内を疾走しないの?」

「今から壊す建物の中に持っていけるかよ。こいつ高いんだからな」

「この後、白熱したチェイスシーンが無いと視聴者がガッカリですよ」

「誰とチェイスするんだ。こんな狭い通路で、あと視聴者って誰だ」

 エイダも視聴者も不満かもしれないが、そんなことをやる気はさらさら無い。やったらやったで、単車が壊れるかもしれない。それくらい判断できる冷静さをレージは取り戻していた。

「お前! そこで何やっている!」

 ライトをこっち向けた警備員さんが近寄ってくる。

「こんなことしてただで済むと・・・・・・、うっ! 昼間の血だらけで来たやつ・・・・・・!」

 どうやら昼間にも勤務していたかたらしい。

「あら? 連絡着てないの?」

 エイダが尋ねる。

「連絡? 何のことだ」

 警備員を尻目に大剣を手にする。

展開して刃渡りが長くなるのを見た目の前の彼が後ずさりする。

「おい、どいうことだ!?」

「どういことって?」

 あっけらかんとしてエイダが答える。

 

「ここを壊しに来たの」

 

 

 

「ヒューマノイドを全部送り出せ、全部だ」

 ガラフはレージを消すために、今この工場に備蓄しているヒューマノイドを全部起動させることにした。試運転時に作り、半数以上は出荷してしまったからその数は十数体しかないが、人一人を殺すには十分だろう。

「いいのですか」

「構わん。それとも、みすみす殺されたいか? やつはワシらを殺す気できたんだぞ」

 映像では完全に武装している。しかも、警備員との話では「ここを壊しに来た」とまで言っている。

「わかりました! 工場のヒューマノイドをリモート起動」

 工場の管理室に行かせた別の研究員に指示を送る。

 指示を受けた研究員はヒューマノイドを起動させ、AIに攻撃対象の画像を認識させた。

「ついでに侵入者の戦闘データも入力しておけ、ファイルhu-plug_deta_regeに入っている」

「ファイルhu-plug_deta_regeのデータをアップロード」

「ロード完了。自立運転させます」

 機械に繋がれた、ヒューマノイドの体に光が走る。能面な顔についた眼球形のカメラがレンズを絞る。

 固定機が外れて、一体ずつ自立歩行し前へと進む。

 各自武器を取り、装備を整えていく。

 武器となるマシンガンは動作確認用に完備されているものだ。工場が本格的に稼動する時には森をヒューマノイドの運用試験場にする予定だ。

「武器は実弾系と術式系のマシンガンを持たせましたが、よろしいですか?」

「いい。近接武器で戦うよりましだ」

 至近距離で対獣を倒す輩だ、遠距離でなぶり殺したほうがいい。所内に多少穴が開くが、仕方ないだろう。後で壁を変えればいい。

「所長」

 通信用ヘッドフォンをつけた従業員がガラフを呼ぶ。

「どうしたのかね」

「お電話です。本社からです」

 こんな時に電話か、だが応対しない訳にはいかない。社員の顔から見てどうやら重役からの電話に思える。

 片耳型のイヤフォンをつけて、コンデンサマイクを伸ばす。

 社員の持ってきたディスプレイの前に座る。

「はい。ただいま変わりました」

 ご丁寧に映像通信で本社の社長が出てきた。

「慌しいようだな」

「ええ、賊が入りまして。で、社長自らどのようなご用件で」

 社長と呼ばれた画面の中の男は顔を顰めて言った。

 ガラフにとっての絶望の知らを耳にすることとなった。

「早速で悪いが、直ちにそこから立ち退いてくれ。今いる従業員全員だ」

 刹那、頭が、視界がフィルターをかける。本能が重役の言葉を拒絶する。

「それは、ど、うして・・・・・・」

「ミツハシグループのトップから直々に圧力をかけられた。そっちで開発した密輸品の情報を突き出されてな・・・・・・。『今すぐこの工場を取り壊させていただきます。でなければ、このことを公にしてグループ傘下に入る約束は白紙にする』とな」

 相手は最大のスポンサーで有数の権力を誇る企業である。もし、要望を飲まなければ、会社の存続は不可能なほどにされてもおかしくはない。

 会社としてのあり方を示すためのグループ参入だったがために、断るわけにもいかない。

 なら、黒い汚点を切り捨てるように言われているなら、そうするしかない。

「そんな! では我々は、実験は!」

 しかし、ガラフも引き下がれない。このまま引き下がってしまえば、今までの、そして今後得るものも失ってしまう。

「従業員は解雇と言うわけではない。再配属させる。君の責任については追及しない。が、君の実験に関しては将来の有用性も知っているが・・・・・・」

 一つ間を置いて告げられる。

「時間切れだ」

 この瞬間、ガラフと言う男の野望は潰えた。

「では、直ぐに立ち退くんだ。どうやらもう、向こうさんが頼んだ解体業者がきているらしい。これからそこが壊れる理由だが・・・・・・、近くの森に極めて危ない魔物が住んでいるらしいな。そいつに壊されることになっている。ではな」

「待ってください!」

 映像と音声が切れた。

 ガラフの思考も切れた、きれた・・・・・・、

 

キレタ。

 

「くそたれえええええええええええ」

 絶叫に社員の全員が驚く。空気が怒りで震えた。

 LAN用の視覚デバイスとヘッドセットをつけて、【電霊】の入っているケージに近づく。

「おまえのせいで!」

 それは完全に八つ当たりだった。怒りの捌け口として少女に迫った。

「たすけ・・」

「オマエのせいだ!」

 ガラスを強く叩く音共に、耳に聞こえる声を遮る。

 助けを求める声が短い悲鳴に変わる。

 少女は迫った男の形相に驚く。夜叉だった般若だった鬼だった。

「ひっ・・・・・・!」

 怯える少女に対して吐きつける。

「オマエが逃げなければ、大人しくしていれば、従っていれば! プログラムのくせに! 道具のくせに! モルモットのくせに!」

 言葉を暴力のように怒り任せに叩きつける。詰るのではなく殴るような弄るような。

 そして、その言葉は彼の本心だ。

 そう思っていたのだ。ずっと。

「何だ・・・・・・その目は!」

 リバティーは思った。

 最初からこいつは自分を道具として、実験物としてしか見てなかったじゃないか。

 じゃあ、こんな奴に助けを求める価値はあるのか・・・・・・。

 無い! 今更こやつの助けなんぞ微塵もいらん!

「アイツさえ来なければ! オマエがアイツを引き寄せなければ! 助けを乞わなければ!」

 ガラフは自分の言葉に、声が止まる。

 アイツ、レージ。今まさにここに向かっている。

 ケージから離れる。

「所長・・・・・・」

「どけ」

 データ管理をしている社員を椅子から振り落とし、その席に着く。

 所内のLANを使い、ある所へアクセスする。

「・・・してやる。殺してやる・・・殺してやる殺してやる殺してやるコロシてやるコロシテやるコロシテヤるコロシテヤル・・・・・・」

 破損したCDを無理矢理流した時のように同じ言葉を繰り返す。

 ただ、正確に動くのはその指先だけ。

 ポケットから取り出したチップを機械に乗せ、中に記録されているデータを送り込む。

 データの中身は戦闘に関するデータだ。しかも個人的に特化しているもの。そして、そのデータを送り込むのは最も適したモノ。

「コロシテヤルコロシテヤルハハッハ!」

 憤怒が歓喜に変わり、発狂へと至る。狂喜する。

 ガラフはすでに何も見えていないし、聞こえてはいなかった。

 遠くから聞こえる振動も、非難を呼びかけるアナウンスも、部屋を立ち去る社員たちも、呼びかける部下すらも。

 ただ、ひたすらに、自らの栄光のロードを壊したものを殺戮することだけが、彼を支配し始めていた。

 

 

 

 その様子を見て、少女は理解した。希望を見出した。

 助けに来てくれたのだと。

 

 

『所内にいる人は今すぐ避難してください、繰り返します、所内にいる人は速やかに避難してください』

「警備員さん分かってくれたみたい」

「こんな会社でも職務を全うするのは関心するな」

 足元の避難指示灯しか点いていない廊下を歩く。その

「じゃあ、いっちょ、派手に壊しますか!」

「いや」

「ありゃ?」

 腕を捲くってみせたエイダのテンションを失速させる。

「まずは、リバティーを助けてからだ。あいつを見つけてから壊さないとな」

 彼女はネットワークや機械に依存する存在だ。先にこの研究所と工場を壊してしまったら、彼女は依存するものを失い、消滅してしまうかもしれない。

「わかってるわ。まずはあの子を助けて、捕まっている対獣の片方を倒して、ここを派手に壊す。それが段取りよね」

「そうだ。わかってるじゃないか」

「当たり前よ。で、あの子は対獣を捕らえている部屋と近い部屋にいるから、順序良く歩いていけば、直ぐに暴れ放題よ」

 まあでも・・・・・と、エイダは続ける。

「向こうから暴れたそうなのが来ているわね・・・・・・」

 レージは通路の曲がり角に身を潜める。

 銃弾が通路を飛んでいく。

 けたたましい銃声と、はじける様な着弾音が響いてくる。

「さっそくおでましか!」

 集団でマシンガンを連射するヒューマノイドが通路の向こうにいた。軍事用と言うことで、さながら屋内戦を想定したような足並みと戦術で通路の死角から隙を見て撃ってきていた。

「肉体強化、治癒力上昇。エイダ演算式で魔術防壁も頼む」

 レージが指示を飛ばす。

「分かった。強化系の術式はすでに発動させたから、防壁はその都度タイミングを見て張るわ!」

「ここの見取り図を視覚情報に。・・・・・・よし、じゃあ行くぞ!」

 銃声が止まる。

 ヒューマノイドは暗視サイトにて敵の動きを探る。曲がり角に隠れた目標はこちら側の通路へは出てこない。

 敵が隠れた通路の反対から回り込んだ別固体からの情報。

 目標ロスト。発見できず。

 部屋に隠れたと判断。敵捜索を開

 通路の壁が崩れる。

 袈裟懸けに破砕された壁の亀裂から、剣先が伸びて、一体のOS核を切り崩す。

 壁をぶち破って、レージはヒューマノイドの軍勢に奇襲をかけた。

 エイダが敵位置をソナー探査しているおかげで、こちら側からは、ヒューマノイドが何処にいるのか丸分かりだ。統制されたプログラムを積み込んでいるとは言え、変則的な攻撃には弱いはずだ。

(ねらい目どおりだ!)

 目の前にいる更に一匹を二つに降ろす。

 第一術式による攻撃強化と、斬撃強化の重ねがけにより、鉄の壁ですら切り裂ける。ヒューマノイドを壊すくらい分けない。

 だが、レージから遠い三体目がマシンガンを撃つ。

 加速化した動きで、射線から消える。

 レージの反応は機械であるそれを凌駕していた。

 能面を掴み、壁に叩きつける。掴んだ掌に描かれている紋章陣にマナを送る。

 風撃の第二術式が発動し、首を消し飛ばし、壁を衝撃が抉る。

 狭い屋内での戦闘。かつ、それに特化した配置と軍配。統率が取れていて、捜索する際の小隊分けがバランスよくなされている。三体一組で五小隊を編成。

機械であることから、死を恐れず、恐怖心や緊張からの反応の遅滞も彼らにはない。

 戦場での理想を追求されたAIプログラムゆえだ。

 しかし、起動したばかりの彼らには絶対的な経験が足りない。

 例外、突然の襲撃や、戦況の変化をハードの記憶と記録として溜め込んでいない。そこが、彼らが劣勢な理由の一つ。

 他のヒューマノイドが他機のリンクの切れた場所を察知して、向かってくる。

 戦況は加速する。

 挟み撃ちで左右から攻める。銃弾が交わる。

 壊れた機械の顔が銃弾で削げる。

 だが、銃弾は目標には当たらない。

 先ずは右から。加速した体は飛来する弾を避けて、敵眼前へと至る。

 間合い外から切り伏せる。

 空虚を切ったはずの軌道が機械の体の位置で発生する。簡易詠唱式で斬撃の範囲を拡大させた結果だ。

 残り二体も左右と切り崩す。

 左から狙ってきた組が間合いを詰めに近づいてくる。

「火系第二術式!」

 隊がレージの初期戦闘位置に踏み入れたとき、爆発が起こる。

 紋章式の術符をその場に仕掛けて、遠隔発動させた。

「進行方向からまた来るわ!」

 エイダが敵位置を告げる。

 暗視補助された視界が闇の奥から向かってくるものたちを捉える。

 更に、音と声を捉える。

「何だ、今の爆発は!」

 その奥にまだ所の者が残っていたらしい。

「生態振動観測から、四名の社員を確認。別方向からのヒューマノイドとぶつかるわ! どうするの?」

 このままだと、彼らは戦闘に巻き込まれる。

「防壁展開用意しろ、あと風付属の演算式を」

 エイダに指示を告げて走る。

 向かうのは3組が交わる交点。通路と通路の交差する場所。

 右手から紋章式の衝撃波を放つ。撃つのは天井。

 天井が崩れて落ちてくる。コンクリートが落ちた衝撃で壊れて塵を巻き上げる。

 だが、ヒューマノイドにとってはそのようなことは目暗ましにもならない。赤外線視野から、煙の先の敵を見つけて攻撃する。

 勿論、レージもそのことは予測していた。

 足止めしたのは研究者の方だ。

 彼らが今飛び出していれば銃弾の雨に晒されていただろう。それを止めるために、天井を壊した。

「そこにいろ!」

 レージが警告する。

 飛んでくる弾は魔術防壁が防ぎ、新たに飛んでくる弾を一薙ぎから発した風刃が引き裂く。

 廊下に無数の切り傷が走り、敵を切り裂く。

 レーダーの点滅が敵の沈黙を知らせる。

 直ぐに、近くの壁を切り、衝撃波で人が通れる程の穴を上げる。

「こっちの穴から外に出ろ!」

 立ち往生していた社員を誘導する。

「ああ、分かった・・・・・・」

 状況を飲み込めないが、彼らは従うことにした。避難命令が出されているのだ、いち早く外に出られるのに越したことは無い。

「他に中には誰かいないか?」

「所長が」

「ガラフが残っているのか」

「ええ、でももうあの人はダメです。あなたを殺そうとしています。恐ろしい魔獣を放とうとしています!」

 彼らはガラフと研究を共にしていたもの達だった。あの実験が行われていた部屋から出ていったもの達だ。

 予断ではあるが、彼らは【電霊】の実験の真意を知らない。ガラフが持つ真意を。ただ実験の果てに戦争の改革する発明が出来ることだけは知っていた。

「そうか、はやくいけ! ならここは危険だ、成るべく遠くへ逃げろ!」

 穴から全員が外に出たのを確認する。

「あい変わらずね。誰でも助けるのは」

「うるせえ、あいつらは関係ないかもしれないだろう」

「どうだろう。ヒューマノイドを起動させたのはあの人たちかもよ」

 エイダの予測はあっている。起動の指示を伝達していた者があの中にいた。

「それはそれだ。だからって助けないって分けにはいかないんだよ」

「そうやって、だれかれも助けるんだから」

「そうでもねーよ」

 困っているから助けた。それだけだった。

「じゃあ次が来るぞ。いいか」

「分かってるわよ。怪我してもさっき助けた人のせいにしないわよね」

「俺が助けたかったんだ、そんなことするかよ!」

 

 

 扉が紋章式の衝撃波でヒューマノイドごと吹き飛んだ。

「レージ!」

 リバティーが叫ぶ。彼ならこの声が届くことを願って。

「リバティ―――っ!」

 確かに声が届いた。しかし、返答途中で口を噤む。

 彼に銃口を向けたヒューマノイド数体と、奇妙な肩の動きをする所長ガラフの背中が、眼前に対峙する。

 部屋に入った瞬間に、捉えた視界の少女が苦しんでいることが分かった。不安定なノイズ混じりの映像を演出するかのように、彼女を閉じ込めるケージの中に雷撃が走っているような錯覚まであった。

「待ってろ、直ぐに助けてやるから」

「・・・・・・助ける?」

 返事をしたのはリバティーではなくガラフだった。ゆっくりとレージたちに歪んだ顔を向けて言い放った。

「誰を助けると? ここにオマエが助けるようなものは無いぞ」

 存在を否定と同時に根本からの否定。

「ワシを助けに来たのか? それとも、あの中に入っているかどうか分からないモルモットを助けると?」

 ケージを指差す。肉眼で捉える視界ではそこには誰もいない。

 だが、レージの視界には間違いなく助けるべき人がいる。

「俺に助けるものが見えている。それだけで助ける十分な理由になる」

 彼は彼に助けを求めるもの全てを助ける。誰であろうと関係は無い。それが、人であろうと無かろうと、存在の有無すらわからなくても。

「くそが・・・・・・そうやって、なんでも助けたがるからこっちは迷惑したんだ」

 憎憎しいと言わんばかりにガラフが吐き捨てる。

「【電霊】の存在を利用するために、こんなど田舎に工場を建てたんだ。それを獣がちょっと暴れただけで騒ぐ村民。それを二束三文助けに来たヒーロー気取りが」

「魔獣が森から暴れたのはあなた達のせいでしょう!」

「そんなの知るか! あてつけはいい加減にしなさい!」

 エイダの訴えを否定する。

 しかし、イディアシステムが工場を建てたこと、対獣を捕獲していたこと、散布したナノマシンのこと、など多くの要因が森の魔獣のストレスを刺激していたのは確かだ。獣は些細な変化もその身に感じるのだから。それによって森の外へと魔獣たちが捌け口を求めることとなったのだと言える。

「じゃあ何か? すべてワシが悪いというのか?」

 極論だ。だが、それに対してエイダは言う。

「そうよ」

 敢えて、肯定する。

「貴方がリバティーを捕まえて、変なことをし始めなければ、こんな騒ぎも起きなかったでしょうね」

「邪魔をしたのはそっちだろう」

「邪魔なんてしようとは思ってない。結果的にそうなっただけよ」

「どっちにしろ邪魔だ。だから監視をつけていたのだ」

 依頼を発注しておびき寄せ、監視するために武器にチップを張っていた。そうすることで、実験の邪魔をされないように注意を払っていた。

「あの戦闘データ収集のチップか。グレイスの言ったとおり発信機だったんだな。じゃあなぜ、武器を持っていない俺の居場所がわかった」

 レージにはそこが疑問だった。発信機を身につけていないのなら、どうやってエイダの監視下にもばれずに、かつ、発信機であるチップがある民宿を襲わずに、自分たちの居場所を突き止めたのだろう。

 答えをくれそうにない質問だったが、以外に答えてくれた。

「ナノマシンさ。オマエらが出入りしていた森には大量のナノマシンが散布してあったんだよ。【電霊】を森に発生させるためにな。目で確認できない微細なそれらが、服の繊維の隙間にくっついているはずだ、それらのナノマシンが得た周辺情報を元に、ヒューマノイドに襲わせたのですよ」

 納得がいった。

 なら、もう用はない。

 大剣を構えなおす。

「じゃあ、俺は俺の助けるべきものを助ける」

「その身勝手な思想が、ワシの未来をこわしたのだろうが・・・・・・!」

「身勝手なのはどっちだ!」

 少なくとも、リバティーを見えるレージには、目の前の男が自身の欲のために少女を実験台にしていた、自己的な人間に写る。

 確かに、リバティーは【電霊】であり、実体が無い。

だが、リバティーには心も感情も思考もある。

助けを求めているのなら彼は助けるしかない。

 レージが動く。

「私は貴方がやろうとしている事がわかったわ」

 エイダが語る。

 レージは向けられた銃口から放たれる銃弾を避けて、武装しているヒューマノイドを各個撃破しようと試みる。

「【電霊】を擬似的に戦場に発生させることでの情報混乱を招くシステム。それを開発するためじゃない」

 刀身が一体の体を割る。

 だが、物量のある鉛の雨が直ぐに襲ってくる。

 退避し、壁際に。

「確かに人と人の戦争では使えるかもしれない。だけど、貴方は【電子精霊】の実体の無い情報体が戦場に活かされる。それに着目するのではなく、【電霊】という存在のあり方を利用することにした」

 壁に無数の弾痕が穿たれる。

 しかし、そこにレージの死体は無い。敵視界から一瞬消えた。

「【電霊】はネットワークを通じて、カメラなどの機械に写りこむことで間接的に発生する」

 重力ベクトル変え、壁に立ち、壁を蹴る。

 初速度に落下加速を加えて、首を刈る。

 そこに、武器を持たないヒューマノイドが飛び掛る。それを振り向きざまに裂き分ける。

「【電霊】ネットを通じて、何処へでも発生できる。ファイヤーウォールもセキュリティーも管理システムも、演算式を組み込んだ攻性防壁にすら関与することは無く現れることができる。しかも非破壊的に」

 一体を皮切りに数体が、一斉にレージへと飛び込んでくる。動きを封じて、武器を持つ他機に彼と彼を押さえつけているものと一緒に処刑しようという作戦なのだろう。

 だが、飛びかかるヒューマノイドに風が襲いかかる。演算式で大剣を取り巻いていた風が、レージの一太刀で放たれ、瀑布の如くとなり襲いかかる敵を全て吹き飛ばした。

「それはどんな高性能なウィルスでも凄腕のハッカーでも成し得ない万能な侵入システム。ネットの繋がるあらゆる場所へアクセスできる究極の鍵」

 襲い来る銃弾は防壁が一つ一つ防ぐ。防壁の合間に剣筋を通し、風の刃を放つ。疾走する不可視の刃が敵を裂く。

「その【電霊】の特性を利用して、同様のプログラムやシステムを作り出す。それが貴方の真の目的ね!」

 画面から、ガラフを指差す。

「エイダ、まったく話が分からねえぞ」

あらかたのヒューマノイドは倒した。武器を持っていたやつについては全て壊した。

「レージはこっちには疎いから仕方ないわね。つまり、ハッカーでも手を出せない国家機密だろうと簡単に覗けるシステムや、どんなセキュリティーにも引っかからないウィルスを作れるってことよ」

「そうだ・・・・・・」

 エイダの回答は正解していたことをガラフが告げる。

「それによって、ワシは莫大な金と権力を持てるはずだったのだ!」

「ようは、金のためか! だが、それでそんなことが」

「情報は金よレージ。それが殺傷力までもつ攻性防壁の張られるような危ない情報なら高いお金で売ることが出来る。そう言った情報をつかって取引をすることで、権力者の弱みを握ることが出来る。そして、高性能なウィルスを作ることもまたお金になる」

 ネットワークにおいてのウィルスとはその殆どが製作者の遊びではない。悪意あるビジネスと言えるものだ。

例えば、ある種のウィルスソフトに対するワクチンを開発した者が、実はウィルスを開発しネットに第一流布した者だ。というのは良くあることだ。そうしていたその者は、ウィルスを悪用する第三者に売ることで儲け、ワクチンをセキュリティーソフトウェアに売ることで、二重に儲ける。

また、隠してある情報というものは、隠している物の脅威であり、消すことの出来ない事実でもある。隠した情報を誰かに握られれば、握った相手に権限を奪われることになる。それが組織や国家であれば、その体制や政権を転覆させられかねない。

「それによって、国や世界の権力者を掌握し、裏側から世界を手にできるとも言える」

「たいした誇大妄想だな」

「情報は金であり力だ。今は情報戦争の時代だ。あらゆる情報を持つものが優位に立てる。違うかね? だからこそオマエは擬似人格AIを使い利用し戦いの補助をさせている。【電霊】を利用しようとしているワシと同じではないか?

「てめえと一緒にされるのは心外だ。それに戦いにおいて今は俺が優位に立っている」

 レージが足を一歩踏み出す。

 対し、ガラフは一歩退く。

「いや・・・・・・」

 指先がパネルに触れる。

「優勢なのはワシだ!」

 モニターと壁が割れる。

レージの背面だった。

「なに――?!」

 大きな爪に防壁ごと彼の巨体が吹き飛ばされる。

 轟音と共にレージを襲ったのは、今まで見つからなかった対獣の片割れだった。

 レージは操作盤にぶつかる。

「くそ! やっぱりここにいたんじゃないか!」

 森を二週間近く探してもいない。しかも、対獣の生態上、二匹対となって行動するはずなのに、森では一匹で襲ってきた。巣には麻酔弾の残骸。そして、イディアシステムからの依頼。

 この研究所が怪しいのは分かっていた。

「レージ! 大丈夫か!」

 リバティーが呼びかける。

 自分もノイズから伴う痛みで苦しんでいるというのに、レージを気遣う。

「ああ、しかしヤバイな・・・・・・」

 頭に機械をつけられ、片目は機械の目になっている。前に倒した対獣と同じように、マナの蓄積帯を持つ変異体だったが、蓄積帯の数が前のより多い。

 更に、部屋に入ってきたのは対獣だけではない。

 新たに工場で自動生産(オートメーション)されたヒューマノイドがぞろぞろと乗り込んでくる。武器は持ってないのがましなところではあるが。

「右腕を怪我したみたいだけど大丈夫?」

 エイダが身体データから負傷部分を見つける。

「大丈夫だ」

 治癒力強化しているから傷の治りは早いが、直ぐに傷がふさがる訳ではない。血が流れて滴る。痛みは慣れるしかない。

 立ち上がる。次の攻撃をこのまま待ち構えるわけには行かない。

 また爪が頭上から襲う。機械を粉砕して、金属片を撒き散らす。

 対獣にはレージの戦闘データが記憶として脳へ送り込まれていた。それはレージが前に対獣を倒したときの動き、彼の執る戦略の記録だった。対獣はレージの前回の動きを学習することで、倒された片割れよりも彼を追い詰めていた。

 レージは退避するも、そこへヒューマノイドが群がる。

「くそったれめ!」

 悪態をついて剣を振るう。銃火器を持ってないのはいいが、今なお増える戦力を削いでもきりが無い。元を断たなければ。しかし、今は攻撃を止めるわけにもいかない。

「先ずは対獣をどうにかしないと!」

「分かっている!」

 ヒューマノイドの群れを蹴散らして、対獣へと攻撃を仕掛ける。

 魔法防壁を張られ弾かれる。案の定た。

 空中に弾かれて反動の残る間に、爪が横から迫る。大剣の腹で受けて防ぐ。

 着地地点を狙って、今度は空中に展開した紋章陣から攻撃性魔法光が放たれ降り注ぐ。森で戦ったのとは違い、赤い光が床を焦がした。

「気をつけて、物理系の攻撃よ」

 エイダが警告する。

 生命力を削ぐ前のよりも更に厄介だ。しかも、今回は森のように遮蔽物が少ない。遮蔽物に隠れても、魔法光がそれを次第に壊してしまう。

「まともに浴びたら防壁が持たない! 魔法緩和壁を頼む」

 エイダに補助を願う。

 しかし―――。

「うっとうしい画面は消えてもらう!」

 ガラフは自身のパソコンからエイダにウィルスを送る。

 エイダの補助システムにエラーが発生し始める。

 エアディスプレイと音声に歪みが生じる。

「ちょっ! なによこのxxxxxでさえxxxにんしきミス。支エンでいkiナxx」

 送り込まれるウィルスプログラムに阻まれて、演算式が不発した。おまけに、拡張している視覚情報もバグが発生している。

「エイダ!」

「「」」」「「「xxxx「」」」」」」

 呼びかけようにも、返答が帰ってこない。ウィルス除去に追われているのか、はたまた侵食されてしまったのか。今回はジャミングのときよりも酷いことになるかもしれない。

「ハハ! これで支援は受けれないな!」

 それだけじゃない、辛うじて今はネットに繋がっているからいいが、断線すればリバティーを目識できなくなる可能性がある。

 大剣を持つ左腕に重量が加算される。

「くっ――、しまった!」

 腕にヒューマノイドが絡み付いていた。一体ならまだしも、連なるように絡み付いてくる。振りほどこうにも、振りほどくのに必要な左腕の出力はエイダの許可なしには上げられない。

 右手から衝撃波を出して吹き飛ばそうにも、邪魔され、羽交い絞めされて動けない。

「はなせガラクタ!」

 もがきあがく。

「ああ、そうそう。助けるとかなんとか言ってましたね」

 突然、ガラフがレージに話しかける。

「今【電霊】は室内に設置したカメラから投影されて存在しています。では――、きさまときさまのAIとのリンクが途切れ・・・・・・」

 砕けた鉄板の一片を持ち上げる。

 

「カメラが全部壊れたらどうなるでしょうか?」

 

 設置していたカメラの殆どは、周りの管理コンピューターを対獣が踏み潰して、起動停止している。

 唯一残っていたのはガラフがリバティーを苦しめるためだけに設置した一台だけ。

「止めろ! それを壊したら―― !」

 レージの言葉を遮るように対獣の巨体が彼と、彼にしがみついた物を散らした。

 レージはリバティーの閉じ込められたケージの下にぶつかる。

「助けるものを失うのはどんな絶望だろうな・・・・・・」

「くそ! リバティー」

 彼女へと右手を伸ばす。紋章式による衝撃波を放ちガラスを割ろうとする。が、特殊強化ガラスを吹き飛ばすことはできなかった。

 残り一台のカメラを壊せば、自身の研究対象が消えるのを分かっているのだろうか。いや、既に彼の中の優先はレージを殺すことであり、彼に絶望を与えることだ。人を助けることを生きがいとしている男に、助けるべき相手が目の前で消えるのはどんな気分だろう。絶望する顔はどんなものだろう。と考えて、金属片を振り下ろした。

 カメラは砕けてレンズが転がる。

 その瞬間、リバティーを苦しめていた痛みは消えたが、同時に彼女自身も薄れていく。

 辛うじて、レージの視界に彼女を捉えられるのは、エイダとのリンクがまだ切れていないからだ。

「消えた! 消えた! キサマの目的が! ワシの栄光が!」

 人が不幸になる様に味わえる優越感を全身に受けるように、罪深い歓喜の雨を浴びるように天を仰いだ。

「ざまあみろ! あとは死ねばいい。壊れてしまえ! オマエも【電霊】も!」

 自身が消えてしまう予感に【電霊】は恐怖していた。

「レージ! レージ!」

 リバティーがガラスを叩くのがよく見える。

「リバティー! 早くしろ!」

 伸ばされる腕はガラスの外。そして、触ったことの無い右腕。

「無理じゃ! ガラスが、ガラスが・・・・・・」

 泣きだしそうな顔で、力なくうな垂れようとする。

「だからどうしたぁ!」

 大声で叱咤する。

 ガラスがあろうと、それが壊れなくても、リバティーが諦めようとも、ヒューマノイドに引き剥がされそうになりながらも、血まみれの腕を伸ばす。

「手を出せ! てめえには実体なんて無いんだろう! ガラスだろうと壁だろうと、「自由」に通り抜けてみせろ!」

 レージはイメージをする。人の形をしたものがガラスを通り抜けるという有り得ないことを。

 リバティーは思い出す。初めて会ったあの少女に言われたこと。

「自由」

 自分の名前であり、意味であり、存在の定義。

 細い腕を振りかざし、ぶち壊す勢いでガラスの向こうへと手を伸ばした。

 手はガラスを貫通し、腕がガラスを突き抜けていく。

 伸ばされた腕をレージは生身の右腕で掴んだ!

「よし!」

 腕を掴みリバティーを引き寄せる。彼女の存在はレージの視界と感覚に依存することで、完全な実体化を再びなしえた。

 ガラフの企みとは裏腹に、レージは助けるべき者を助け出すことができた。

 と、突然小さい拳が、鼻頭に直撃する。

「てめえ! 助けてやったのに何するんだ!」

 鼻が折れるかと思う痛みが、脳を襲う。実際に殴られてはいないので、折れはしていない。

「遅いのじゃ! 何をのろのろしていたのじゃ!」

 震えた腕で肩口を捕まれた。

言い返す気はなくなった。

ガラフはまさかと思い、デバイスをかけてその様子を確認する。レージが【電霊】を無事に助け出したことに歯噛みし、苛立った。かけていたモノを投げ捨てる。

 そして、もう一つガラフの企みが敗れていた。

「もういいだろう。出てこい、エイダ!」

 何時ものように、相方を呼ぶ。

「は〜い」

 緊張感のない軽い声と共にわざと展開した無数のエアディスプレイから顔を出す。

「なぁっ・・・・・・!」

 それを見たガラフが驚く。

「馬鹿な! プログラム破壊型のA級ウィルスを送ったはずだぞ!」

 彼がエイダに送ったウィルスは彼の持つものの中でも強いものだった。大手企業のセキュリティーならデータベースに大打撃を被れる位のもののはずだった。

「ああ、アレねー。突然送られたから驚いたけど。大したこと無かったわ」

「さっき消えたじゃないか! 音声だって!」

「バグッちゃったわねぇ。芝居でしたけどーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「芝居のために援護を中断するな」

 指示した演算式をキャンセルしてまで、エイダは演技に勤しんだ。

「何言ってるのよ。ちゃんとしてたじゃない。物理衝撃緩和に切り替えたけど」

 レージが対獣に体当たりされる寸前。彼女はそのダメージを減らすように施しをしていた。

「ねえ所長さん。AIの私にハメられるのって、どんな気持ち? どんな気持ち?」

 ケタケタと笑い、嘲笑うに喰ったらしい顔の映った画面がパチパチと開いたり、閉じたりするという、なんともウザったらしい演出で挑発してくる。しかも音声にはエフェクトリヴァーブとディレイつきだ。

「エイダはいい性根をしているようじゃな」

 とリバティーが感想を述べる。

「道具のくせに人を馬鹿にしよって・・・・・・!」

「馬鹿にしてるのはそっちでしょう? 今の時代AIにだって権利はあるわ。人格を持って世の中に貢献している私とか私とか私のようなAIはたくさんいるんだから」

「実例がオマエしかないぞ」

 エイダの言うとおり。今の大容量データ社会において、擬似人格プログラムが人同等に働いている。彼らは思考し、感受し、人と協力をすることで社会貢献を多くの場所で果たしているのは事実だ。また彼らは構築されたデータと演算式による電子的な魔術のアプローチによって、個性をも獲得している。

 だが、それを認められない人間がいるのも事実だ。本来AIとは人工知能であり、擬似思考プログラムであり、道具(ツール)だ。道具は不可測な行動を取ることなく、人の手によって遣われていなくてはならないと提唱するものもいる。また、本来の意味とは違うが、使用することだけによって保護を受ける使用主義から見るものもいる。

 だが、レージはAIをよき隣人と考えている。エイダとお互いが協力関係であることで、長いこと過ごして来たからこその考えかもしれない。だから、同じようにリバティーも受け入れて助けることに何も疑問を抱かなかった。

 思想、主義的にレージとガラフは対極的だった。

 お互いを嫌悪していた。

「じゃあ、まあ、無駄話はおわりでいいか?」

 レージが腕に絡みついていたヒューマノイドを振りほどいた。エイダが喋っている間も、ヒューマノイドと戦い続けて、終えたときには、壊れたヒューマノイドでガラクタ山が出来上がっていた。

 機械的な視覚で見る彼の右肩に座るように、【電霊】が浮遊し佇んでいる。

「こいつも助けたし、後はそこの馬鹿でかいの倒して、この建物を壊すだけだけど・・・・・・」

元来、レージはすごく面倒臭がりだ。

 だから、補助系の魔法はエイダに任せるし、長い詠唱を唱えなくていい紋章式をメインに使う。使っても、短縮できる簡易詠唱式を少しだけしか使わない。

 だから、彼にとって一つのことで、二つ以上のことを成せる状況はありがたいものだ。

「まとめてぶっ壊していいよな?」

 ガラフは何を言い出すのかと思った。

「魔獣も倒せてない状況で何を――、それにここを全て壊すことなんて、その剣で・・・・・・」

「できるんだよ。それがな」

 左腕だけに大剣を持つ。

「それとな、対獣の動きは止めたが、そんなところにいるとヤツの魔法をまともに食らうぞ」

 一応なりと警告してやる。

「え・・・・・・」

 振り向くと、後ろの魔獣が足を地面から外そうともがく姿があった。

 足はレージが戦っている間にばら撒いた紋章式術符を踏んだことによって、そこから動けなくなっていた。

 そして、案の定。遠距離から攻撃を仕掛けられる赤い魔法光を放とうと、紋章陣の光を展開させた。

 攻撃対象はレージだけだが、攻撃範囲である対獣とレージとの直線状にガラフは立っている。

「ま、待て!」

 そう言われて分かっているのか分かっていないのかは別として、対獣は唸り声とともに、物理攻撃系の魔法光を放つ。

 レージは射線からすぐさま逃げる。

 しかし、一瞬躊躇したガラフはその光を浴びて、背中を何箇所も穿たれて苦痛の声と共に倒れた。

「さっさと逃げればよかったのじゃ・・・・・・」

 冷静な判断を欠いた結果だった。もし、対獣を解き放って直ぐにこの施設から逃げれば、彼がこのような目には会わなかっただろう。

「で、どうするのじゃ? お主の攻撃はヤツに効かないようだが」

 魔法光から逃げるレージにリバティーが問う。倒すと言ったのに、逃げてばかりだからだ。

「通常なら全く効かないな」

 前の対獣と比べても、防壁が可也厚く、防ぐ範囲も広い。連続して攻撃しても前のように上手くはいかない。

「この分だと持たないだろうな・・・・・・」

 機械の左腕をみる。エイダの提供するデータから見ても、外部破損が酷い。ヒューマノイドと一緒に飛ばされた時に、大分痛めてしまっていた。

 だが、目の前の魔獣を屠るにはやるしかない。

「エイダ! 出力を最大にしろ! それと第四術式演算の用意だ。許可は取ってあるんだろ!」

「もちろん!」

 指定された魔術のスクリプトをソートする。

 それは膨大なコードの羅列。そこに書かれてあるのは物理演算と魔術演算の複合式。それによって、第四威力系の魔法の発動を実現可能にしていた。

 だが、これを発動させるには、多くのマナが必要となる。本来なら別式を併用してマナを収束させておくのだが、エイダでもこの演算式を手早く使うときだけは、その高速計算にメモリーを殆ど明け渡さないといけない。前もって、マナを集めてから使うならともかく、今回はそうはできなかった。

 変わりに、そのマナをレージが詠唱式を使い自身の持つマナの消費効率を上げることで、第四術式の発動を補助する。

 そして、不可欠なのが、レージの大剣だ。

 レージが大剣をさらに(’’’)展開する。大剣は剣としての原型を崩し、バラバラのパーツへと分解させる。しかし、自壊することなく全てのパーツが不可視の力で法則的に整列していた。

 大剣が配列している範囲。それがレージの使う第四術式の発動範囲であり、そこに発動範囲を限定することによって、困難な術式の使用を可能にする。

「足止めの効果が切れたのじゃ!」

 リバティーが言うとおり、対獣の足が地面から剥がれる。

間合いを大分開けておいたので魔法光は届く範囲ではない。それを分かったのか、対獣は地面をその肉厚な四本の足で蹴って疾走してくる。

 それを、一歩も退かずに待ち構える。

「完了したわ!」

 仮想空間にてのシュミレートが終了し、現実世界への発現が行われる。

 対獣が長い間合いを詰めて、跳びかかる。

「左腕出力値最大! 有効範囲に第四術式で電子剥離を発動!」

 ネットワークを通じて大剣の柄から切先までに氾濫する反電子の収束体が現れる。

 目を焼くような強い光とコロナ放電を放つ。

剣は搭載されているマイクロコンピューターが不変化電子膜を張ることで自壊を防いでいる。これにより、触れたものの電子結合を断ち切る眩い剣を作り出すことを可能にしていた。

「引き裂かれろよおおおおおおおおおおおおおおお!」

 暴走する反電子の質量を左片腕で制御し、刃渡り最大∞となった大剣を振るう。

 跳び込む対獣を光が通り過ぎる。

 展開される防壁に意味をなさない超範囲攻撃が、対獣の体を分裂させた。

 対獣だけではない。対獣の後ろの壁も、天井も、建物のありとあらゆるものを光が分断していく。長く伸びる剣先が鞭のように伸び、施設の上空に残光の弓を描く。

 横振りの一撃でイディアシステムの施設が崩壊し、稼動していた工場も屋根が崩れて瓦礫と化した。

 しかし、氾濫する反電子の質量に耐えかた左腕の外骨格に亀裂が走りナイフで開かれた傷口を堺にして自壊し分裂する。握った柄と共に腕が弾け飛んだ。

 レージの手を離れた剣は魔法の制御力を失い、光を収縮させていく。同時に、剣もその展開をたたみ、黒い刀身に刃を収めてしまった。

 

 

 

「ちくしょうだな・・・」

 瓦礫の山に背を預けて、座り込んでいた。

 天井は崩落し、地下まで夜空が覗いている。

「腕・・・・・・、大丈夫か?」

 少女が心配する。左腕は上腕から砕けて、中から配線と擬似筋肉繊維が飛び出している。

 片腕がなくなってバランスが悪い。いや、それだけではなく、第四術式による体内マナの消費もあって、大分疲れていた。深手は負ってはいないが、小さな傷も多い。

今は大丈夫でも検査したらどこかの骨にヒビが入っているかもしれないが、それを考えると何処かしら痛くなりそうなので、止めておく。

「たく、なんて日だ! 今日だけでどんだけ戦ってるんだよ俺!」

 思えば朝から戦ってばかりだ。

 森で魔獣と対獣を狩り、新しい剣の調整で魔獣を試し切りし、襲ってきたヒューマノイドと格闘し、ここへ来て、ヒューマノイドともう一体の対獣を倒した。

 その挙句の果てが、この瓦礫と壊れた腕だ。

 ここを壊すのは依頼が出たからいいが、確りと給料が出てほしいものだ。左腕の修理代で天引きとかされたら、稼ぎがなくなってしまう。

「しっかし、なんとかなったわね。結構危ないことしたけど・・・・・・」

 エイダが呟く危ないこととは、第四術式のことだ。あれを使うのは万全な場合に限る。でないと、膨張する剣の質量に腕が耐えられないし、間違えばレージ自身が真っ二つに分裂してしまう。

しかし、あの攻撃以外に対獣への対策が無かったのも事実だ。駆けつけ装備で左腕の損傷。更に言うなら、実験で対獣強化され過ぎだ。条件が悪ければやられていたのはこっちかもしれないくらいだった。

「エイダ、オマエ芝居とか言ってたわりに、一度はデータがバグってたじゃないか」

「まあねえ・・・・・・、物理緩和を張れるまでに復帰できたのは良かったわ・・・・・・。実を言うと、流石にヤバイ! と思って、咄嗟に助っ人を頼んだの。遠隔でウィルスに壊されたプログラムを修復と駆逐をね。前に話してたオフで会おうと思っている子。あの子に何とかしてもらったのよ」

「なんだそのウィザード級ハッカーのパペッターは」

「見た目十五くらいの女の子よ。しかも悪と戦うメイドらしいわ」

「何処までそれを信じていいんだ? と言うかそんなやつこの世にいてたまるか」

 背を瓦礫から離し、立ち上がる。

 立ち上がるとあっちこっちが痛かった。崩壊するときに、瓦礫を浴びたせいだろう。頭と首が痛い。そういや、血が出てたな。顔を触って血糊を再確認した。

「まあいい。こいつも助けたことだし」

 そういって、少女の頭に手を載せた。ワシワシと髪を乱してやったら嫌がられた。

「何をする! 妾を何だと思って・・・・・・」

「自称姫様だろう」

 助けたのに可愛げがないヤツだと口を零した。

「レージ、そろそろ退散しましょう」

「そうだな、騒いでくるやつらがいるかもしれないしな」

 数分も立たずに施設を崩壊させたのだ。村人は避難区にいるとしても、遠目から誰かが見ているに違いない。

 エイダとしてはネットゲームでのボス発生の時間が間近だからと言うだけなのだが。

 とりあえず、探し物をする。大剣は案外近場に落ちていたが、左腕は見当たらない。瓦礫に埋もれたのだろう。面倒と判断して、左腕を捜すのは止めた。

 変わりのものを見つけたが・・・・・・。

「うぅうぅぅぅぅ・・・・」

 瓦礫に身を埋めているガラフの背と頭があった。背中に魔法を受けた痕が火傷のように浮かんでいたが、それでもまだ死なずに済んだらしい。だが、のしかかる瓦礫と傷では動けない。辛うじて意識はあるのだろうか。

 ガラフの前に【電霊】(しょうじょ)が歩みより見下ろした。

「・・・・・・」

 何か言ったのだろうか。それとも何も言わなかったのかは分からない。瓦礫に埋もれた男ではその声を聞くことが出来ないからだ。

 直ぐに【電霊】(しょうじょ)男の前から立ち去った。

「レージ」

 【電霊】(しょうじょ)は自分の声が聞こえるものの元へと駆け寄った。そして、その右肩へと飛び乗った。

「おい!何すんだ」

 レージの肩に重量が掛る気がした。

「ここはいい眺めが見れる。気に入ったのじゃ」

「おいおい・・・・・・」

 振り落とそうかと思ったが、そうするわけにも行かないくらいに頭を掴まれていた。仕方ないがこのまま帰ることにする。

 と、その前に色々と痛いので、治癒の紋章式術符でも使おうかと思う。

 ポケットを探ると、術符が出てきた。

 二枚あるはずが一枚しか無かった。

(そいや、あのガキにやっちまってたな・・・・・・)

 術符を何処に使おう。

「なんじゃそれは?」

 リバティーが右から覗き込む。

「ちっ・・・・・・、面倒くせぇや」

 そう言って、術符を後ろに放り投げた。

「何だったのじゃ?」

「ただの期限切れの湿布だ」

 そんなもの持ってるわけないが、テキトーに答えた。

「あっちこっち痛ってええな・・・・・・、腕の修理はいいからさっさと寝たい」

「グレイスから悪口を言われそうだけど?」

 エイダが返してくる。

「だな、腕無くしたって言ったら、何言ってくるだろうか」

 恐らく、何回も嫌味をいいながら新しい腕を取り付けてくれるに違いない。

 でも今日は、そんな嫌味も聞くことなく寝よう。疲れた。

「レージ・・・・・・」

 頭にリバティーが抱きついてきた。

「助けに来てくれて、うれしかったのじゃ」

「・・・・・・、すまないが邪魔だ。前が見えない」

 そう言ったら、首の重心が後ろへと傾いていった。

「止めろ! 首が折れる! 前が見えから大人しくしてくれ!」

「折角礼を述べたのになんじゃその態度は!」

「おまえこそ助けてやったのに、何様のつもりだ!」

「姫様じゃ!」

「もう、二人とも静かにして! ボスと戦っているところなんだから!」

 言い争いを繰り広げつつ、三人は民宿へと帰っていた。

(乗ってきた単車は片腕だけじゃ乗れないので、押して帰るしかないだろうな・・・・・・)

 面倒だなと思った。

ため息を吐くレージの背後で、瓦礫に残された男の背中でレージの捨てた術符が薄く光っていた。彼が残りのマナを術符に注いでいたからだ。

(三回も殺されかけたのに、あまいよな・・・・・・俺)

 心の中で自嘲した。が、結論としては仕方ないということで片付ける。

 それがレージの性格だからだ。

 

 

 

                 /ep

 

 あの日から一週間ほど経った。

 森に入ってもなかなか魔獣を見つけ出しにくくなった。レーダーやら生体反応を使ってもなかなか見つからない位に対獣も居なくなったし、森の近くで人が襲われるのは滅多なことでは起きないだろう。

 それは村からの依頼があらかた終わったというのを告げている。

 レージの腕も治った。いや、直ったが正しいか。整備士は散々悪口愚痴悪態嫌味を吐きながらも、新しい左腕を彼に取りつけてくれた。

 小さい情報役は壊れたイディアシステムの施設跡地で色々と拾い物に勤しんでいたが、何を拾ってきていたのかは教えてくれなかった。ろくでもない情報を拾っていたに違いない。

 村の開発もまた再開され始めた。数ヶ月すれば建てられているビルの数が倍になるはずだ。人も戻ってきて農村らしくない町並みに変わるだろう。

 で、やること無くなった私たちは、村を出ることにした。

 

 

 

「なんだ先にいっちゃうの〜」

 スティルが不満そうに言った。

 まだ交通の便が悪いので、村か出て行くのにはレージみたいに単車(あし)がないと一苦労だ。

「仕方ないわ・・・・・・、レージが次の人助けに行きたがっているんだから」

 エイダが画面からため息を吐く。

「仕事を紹介したのはお前だろう」

「食いついたのはレージだけどね」

 レージの性格だから、ここでの仕事の目途が立ったときにはエイダが次の仕事を探していた。ここから近くは無いが、単車を走らせれば三日で着く場所に次の依頼がある。

「相変わらずだね。また厄介なものを受けてないかい?」

 嫌なフラグを立てるつもりなのか、グレイスがそう言った。

「そうあってほしくねえな。ここで結構長居してしまったから、早く終わるといいんだが」

「レージ早くするのじゃ! これに乗って走るのじゃろう?」

 リバティーは先に座席に座って、レージを急かす。

「わかったから、少し後ろに下がってくれ」

「おう!」

 ズリズリと後ろに下がった。

 レージも単車にまたがり、ハンドルを握る。エンジンがかかり、車体が地面から数センチ浮かぶ。

「やっぱり後ろに居るのかい? リバティーって子」

 グレイスが尋ねる。彼は唯一この中で彼女を見たことがない。デバイスやカメラ越しに見えることは知らされていたが、そう言ったものを彼はもっていなかった。持っていたのは整備のための電子顕微鏡くらいだった。

「ああ、居るぞ。そのメスガキのゴーグルで見てみろ」

「ふーん。なるほどね」

 納得する。

「・・・え? あれぇ?」

 スティルが頭につけていたものを確認する。彼の手にスティルのゴーグルが握られていた。

「なかなか可愛い子だね」

 ゴーグルを頭の上に返してやった。

「こいつのどこか、って痛ってえ何しやがる!」

 頭を抑えもがく。何をされたのだろうか。

「しばらくしたら僕も向かうよ。君の単車には追いつけそうにないけど」

「ああ、分かった。向こうに着いたら連絡をくれ」

「じゃ、お先に〜」

 エイダのディスプレイが閉じる。

 エアライダーが発車し、残された二人の元を去っていく。

「いいなぁ。オレ免許もってないから、村から出るの大変なのにぃ」

「なら、乗っていくかい? 車を避難区においているよ」

「ほんとうか! 乗る!」

 

 

 居るはずの無い少女を後ろに乗せて単車を走らせる。

「なあ、オマエいつまで着いてくるきだ?」

 リバティーは電子的な存在だ。ネットワークの繋がっている機械を通じて、好きなところにいけるはずだ。

「まだ上手くネットを移動できないのじゃ、しばらくは着いていくから、覚悟するのじゃ」

「ヘイヘイ・・・・・・」

 本人はそうは言っているが、レージを通じてネットの世界には行けるようにはなっていた。

 とはいえ、彼女が行けるのは彼を通じてエイダのプログラムに侵入するとことまでだ。

「しかし、この乗り物はいいものじゃな。風を浴びるなんぞネットじゃできん」

 後ろで少女の長い髪が風に棚引く。

 本当に風を感じているのだろうか。

「よし、もっと飛ばすのじゃ! もっと風を妾に捧げよ!」

「わかったよ。お姫様」

ハンドルを握り絞る。

一人の男を乗せた車体が加速する。

 

 二人を乗せた車体が走り去っていった。

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